連載は続く~ SF 掌編『ここらで素人仮説その一をライター諸氏に投げかけたい』編


ヒトは落ち着くことを知らない。
そう前提しておきたい。
ざっと言うならすぐにでも飽きた態度を示し始める。
教壇に立つタイプ諸氏ならば、そのための工夫の数々を即想起されるのではないか。
もう一つ、開けた通路を、通りやすい通路を作ってまでして、往来したがる。
交易とか商売に向く諸氏には説明不要で、今時の一般諸氏においては、家に閉じこもっていてさえネット商売に引っかかったりしてないか。
ちょっとばかりネット商店にさえ出かけたくなる。
だから列島版で言えば、楽市楽座とかそうでもしなければ・・というよりは、規制をかけて、動きをついコントロールさせたがるように、集団扱いの下手順にそういうことを安直に思いつくようにしてきた。で、時々、やり過ぎに気づいて、楽市楽座とかする。
でもヒトはダイナミック好きだから、条件の中、制約の中、とにかく動き回る。
そうは言っても時代状況次第、土地柄次第では、あらぬ動きに出てくるやからもいたりするから、そしてその原因がことばの違いだったり、信じる秩序観の違いだったりで、多少面倒を伴うような場合は、発生する事態もそれなりに込み入ってしまうので、ある程度広域に似た考えを伝播させて、安全圏を確保しようと試みたりしてきた。
安全な旅行もそういう風にしておけば、旅行記を残せるくらいにこなせるようにする。

さて列島のこと。
ここで是非、歴史的事情通諸氏にシナリオなりを作ってもらいたくなって、仮説その一を提案してみたい。
先のことも頭の片隅においていただけるとありがたい。
列島では縄文末期から弥生の時期のある頃までは"海進"と現状に戻るまでの"海退"の海岸線が内陸にかなり迫った時期を現代に繋がる人脈の祖先が体験している。その経験は必ず伝承の話し言葉化された。
大陸・半島から列島部へ人々はなだれを打ってではなく、時々まとまりながらやってきた。なんらかきっかけがあってよりまとまった移動もありえた。
そして地理的な制約から日本海側の特定の地域地域や、同じ日本海側でも北九州域のある海岸線は便利に集中しやすかった。
遣唐使話から、遭難しやすかったとか想像すると、ちょっと考えにくい動きだけど、やや温暖でそのうち追々今のような気候になってくる時期の話だ。
変化の時期だから時にはかなり寒くなった時期も混じる。
だけどとにかく地理的な集中度合いを想起できるならば、それと同じ半島経路の場合が多と想定できるなら、長らく半島住まいだった人々も遠く大陸で遊牧まじりの生活をしていたかもしれない人々も、それなりに列島着と同時にある程度の期間はお隣さん(と言っても人口密度は大都会の高密度ほどにはなっていないはず)どうしの関係を意識しあえた。その後、海進の時期の記憶を聞いたり、その経験が作ったかもしれない東山道系の道をたどって列島の東方へと移っていく。長く生活できそうなところを探して移り住む。
そういう風だから、北九州域と中国地方辺くらいが、集住しやすい。
長くそんな感じで移住の流れとともに集住も進んでいく。
集団の営みもより工夫が加えられる。
九州生活を長くした後、奈良の盆地にある程度親しんだ集団群が移り住む。
どういう理由だったか、そこらは歴史的事情通諸氏に跡付けていただきたい。
九州には先進情報が入りやすいし、大国との交渉も時に必要でそれができもする地理優位さを譲りたがらない勢力がずっと残っている。
でもヒトはダイナミック好きだから、そのうち静止状態のような動的均衡にそれ自体を動かすような変動要因が加わる。
大国では隋から唐へとダイナミックな動きが見られた。
その余波か、とうとう列島勢力にもなんらか圧を意識されるようになる。何しろ九州勢は半島と密にやりとりしてきたし、それで情報の擬似同時性も確保できていたから、ひしひしと伝わってくる圧を意識できてしまった。
そこで大混乱を避けるために手打ちとなった。それは先進地半島で行われた。
それに不満を持つ連中もいた。そして仲良し関係に訴えて反撃しようということになったけれど、簡単に逆の反撃にあってしまう。
でも既に大局において手打ちは成っていたので、落ち着きを取り戻したその瞬間から、中国での試行錯誤の一面を採用することになる。
列島に来ていた半島系の有力層・知識層はちょっと古い教科書を完璧に理解していた口だった。
藤原京の設計となる。しかし、留学系の僧やが色々意見してもくれたり、中国系の知識層も頼れることになったりで、改良してそれまでほとんど知らなかったタイプの中央集権を制度として採用し始める。
幸い、文献が出回って、中央集権の知識とか、中央集権の事業とかを知っているだれかはごく限られていた。列島に散らばって安定的に済んでいる各集団においては、寝耳に水のような形で、中央集権が始まった。
まずは権威筋の印象の刻印作戦だ。
制度がその線で機能するようにできる。ただ制度ができたから従うようにと言ったって、だれも言うことを聞いてはくれない。権威筋が必要だ。
そのための文脈つくりもだから同時に始まる。
手打ち勢力から、実務系として百済の筆頭系が選ばれる。
その頃、ならでは蘇我氏というのがかなりの集団形成を成していて、それに従う有力層も育っていた。それなりの集権の組織を動かしていた。邪魔だ、となるわけだ。
そこでその連中へは仕方ない、平和路線でと思っていたけれど、そうも行かなくなった、多少偉そうに強引に、従わせて、その権威をいただく必要があった。
その集団をまとめる権威を列島各地のそんないきさつなどぜんぜん意識にないことも踏まえてまとめるための権威として今日の天皇に当たるポジションをこしらえた。
そしてそれにだれを当てるかも考えていた。北九州域では早くから先進的な政治の仕組みを試行錯誤していたし、多少野蛮な風習も含ませていた。その筆頭を蘇我氏の位置に入ってもらった。だから煩いし、倭習とは言え文字ことばもこなす勢力を力を弱体化させつつ、勢力下におけると同時に、いきさつを知らない列島各地の諸勢力をも、なんとなくいつのまにか勢力下に置けるような偶然の機会を得てしまう。
追々、歴史書を有力層に読ませて、実はこういうことがずっと続いてきたんだ。そして偉いのは、その脈に近いところから順だよ、と頭に入れて、伝承してもらうようにした。
だから、数十年か百年近くすぎると、その頃にできた歴史書、テキストに書かれた内容を元に、自分たちはそのだれそれと誓いからうんぬんかんぬん、のような経験的事実をテキストにあわせる話で伝承が続くようにすることに成功してしまう。
ここらは、歴史的事情通諸氏が、たとえば『古語拾遺』を想起したりして、更に膨大な歴史知見を動員してそのからくりを整理していただければ、かなりの新事実にたどりついて、それを踏まえた新知見としてこれからのための書物を成していただけると素人は期待してしまう。
今回の場合は、蘇我氏の位置こそが、今の天皇の位置に当たるとしてみた。九州王朝が政治の営みとしては先進情報を消火した大したものだったとしても、勢力として立派に機能させ、東山道経由での各地との交流の濃度さはあるものの、影響圏を形作っている途上だったりして、それなりの後ろ盾と勢いと策略と仏教のようなお互い様圏を共有できるなにがしが要った時期を想像させたくする。
現代史に響くはずの桓武天皇の時期のことは、素人は相当遅くに知ったことだけど、知る人ぞ知るで、こだわられてきた時期だ。
子供の世代が『大同類聚方』を編集している。
いきさつを知らない人々が未だたくさんいた頃だ。
既成事実として、藤原氏天皇の権威づけと周辺の人材構成の準備をかなりこなしてしまう。
ただ大国からすれば、征夷の役割の筆頭役が要る。
だから征夷大将軍は大国との付き合いが続く限りで、ずっと用意され続けることになる。
ただし、漢文教養を欠くのかキャラクターがそうだったからなのか、将軍という呼称のニュアンスが気に入ったから征夷大将軍を選んだとか言う人物も現れたりするみたいだから、征夷の意味がずっと伝承され続けていたかどうかは素人からは判別しがたい。

素人である当方的には、弁証法的役割分担は遠慮したい、と何度も指摘しているけれど、清の頃の中国でアヘンを使った謀略を行使した欧米系の発想にも問題ありと見るので、ここは現代において、東西が知恵を出し合って、生活しやすいし、飽きもしない、工夫たっぷりの世の中運営の作法を是非とも開拓して、お互い様がいつでも闇の細部にまで届くように(たとえば世界の介護現場のお年寄りたちに向けて)回復するような巷の動態を誘うようにしてもらいたいところだ。

*九州王朝はかなりの名君ぽい人物を排出していたらしい。
 それと蘇我氏も恐らく今で言う神仏の双方を尊重できる頭脳系だったと思える。
 ということで現天皇像はそういう素をそれなりに伝承しようという集団の営みの具体像のようにも素人からは受け取れる。ただ九州王朝系に偏りすぎると現実政治にはみ出す格好になるから、そこは儒教のりの一部易姓革命を取り入れない知恵が息づいているのを参考にできるなら、徳川系初期値権のなにがしをずっと持続しようとしている向きも感じ取れる。(含みを豊かにする)頭脳と平穏の象徴性

連載は続く~SF掌編『前回、前々回を更に少々』編


ヒトの観念処理系は一筋縄ではいかない。
そういうことを想起しておいてもらって、ドイツ~イギリス王室の線を思い浮かぶなら、エカテリーナ二世氏を介した、フランス啓蒙思想の脈々、ロシア・・と大変な思いを経つつの試行錯誤の貴重さを追うことができる辺りは、当方は主に広瀬本がヒントになってくれたのだけど、多くの諸氏にとっても既知のことと察する。

鉄も貴重な手がかりとなりそうだ。
アイアンロードとタイトルに含むNHKBSで放送された2本物の特集番組では、エピソードとして激しくやばい面もこってり持つ漢の時代(前後のどちらの時期かについては番組を見て確かめてほしい。ここではその大雑把な把握の時期に、そして列島ではそれ以後の影響関係を想起してもらえれば)、一方では、農業器具を鉄製で作って、イメージとしてだと江戸期の耕地拡大の勢いなどを想像しもらって、中国では、それが中国の規模において農業を拡大させたそうだ。
ここで農業について一つ。
エミシ本の松本氏の指摘だ。
農は人口拡大趨勢を内に秘めさせている。そういうヒトにとっての営みだ。
増えれは困るタイプの狩猟を主にする生活の形とは根本的に趨勢上、異なる。
住居跡の展開が激変してしまう。
第一次産業の農を一部の人々に任せる仕組みを取り込んだ産業構造に支えられた集団の営みの趨勢とは?と投げ掛けることができそうだ。
とにかく、中国の漢の時代に、鉄製の農具を発明・開発してしまって、それで農業は飛躍的に発展することになる。
食っていく事について、農に依存する形を選んだとして、自然環境とのやり取り上、辛苦も避けられない質から、耕して育ちやすい状態を得やすくして、余裕を更なる工夫に使えるようにしてしまう。(ここで列島では百姓と言われるくらい農のみではない様々を生業に含めていた巷を、かつて網野氏は想起させるようにしてくれている。だから中国でもより逞しく人々は生業を営んでいておかしくはない。)
そして鉄も古代で括る時期の列島で育っている。
寺の担い手が技術者集団であったように、神社系の担い手諸氏もそうだったらしいことを歴史家諸氏は紹介されている。
曲り屋的な家畜とともにの生活の形で有名なところだと、中国的活用もありうる。
鉄製の大き目の犂を動物に引かせてかなり効率的に耕せる。
動物とともにを欠く土地柄だと、そういうことは無理そうだから、ヒトの力頼りでの鉄製農具使用とならざるをえない。
ただ国力の基礎を提供してしまうことになるので、鉄製の便利道具に関するノウハウをお手軽に提供し合っていたかどうかは便利な文字ことばの使用普及同様、いろいろ入り組んだ事情を発生し易かったとも想像できる。


隕石が関わる宇宙・地球史と関わる事件について2本の別別の番組を見てしまった。
一本は、バイクで逃げて助かったのが印象深い『ディープインパクト』('98)。
もう一本はコズミック フロント『8億年前の地球大異変 月が教えてくれたこと』。
後者の8億年前という決め方が、アポロ12号の採取した月の石からの特定、ということで、そこは素人的には棚上げして見ていた。
それと、これまで、この時代に、隕石落下から年代測定できていたらしいのだけど、その方法が、なんと、同じように隕石が降ってきて、それを前提に、数と数えることで隕石落下跡と数の分布をより精度高く観測、計測できれば特定可能、だったらしい。これもまた素人的には信じがたいことを学問はやっていることもあるんだな、と思えた。
そこらは、ともかく、寺田氏が、その中身の8億年のところをこだわらないようにしても、問題にならないくらい、ある特定の仕方を工夫されていて、相対的なデータとして、とりあえず示唆に富む観測データ処理をされていた。
ある時期(アポロ12号データを信じるなら8億年前となるわけだけど素人は採用しないことにして)に直径100㎞の小惑星と別の小惑星が衝突して、バラバラになった隕石として太陽系のそれぞれの惑星や衛星に降り注いだ。
月にはその痕跡が明確だ。
列島でも、ある時期に、独特の地層を持つ。隕石由来成分がその規模も計測可能な量、もたらされている。
そして、その層の前後の放散虫化石観測から、大量絶滅(23種中18種滅んでいる)を引き起こした。
映画では、致命的な大きい方の小惑星破片を爆破して粉々にして、地球大気との摩擦で燃え尽きさせることに成功、というシーンを印象付けた。
かつての出来事では、そうはいかずに地表面にもかなり降り注いだ。
アポロではないデータに基づくグラフ表示を紹介していた。そこからだと7,6,5億年前くらいの幅でピークを形成していたように見えた(番組映像で確認できるので参照してください)。
ちなみ、今時においては、小惑星を爆破する案は推奨されていないみたいだ。

連載は続く~SF掌編『前回の補足をからめて』編


実は・・のところ、ヒトということでそう完璧さを求めない範囲でなんらか最善を模索す
るようにして、力まず、の辺りで、事態を見据えると・・・という具合に、列島を織り成
す気質たち、と想像してみる。
実際的にかなり寛容だ。
明治以後の独自性を織り込むと、(征夷大将軍を表の仕切り役に向かえた)江戸期とか軍事
体制由来のしこりゆえかとか、より明治以後のしがらみ由来かとか、色々憶測くらいはで
きそうだけど、幅を効かせていた勢力が、趨勢の移ろい、いたずらから、威力を弱体化さ
せて、それまで威張りまわっていた対象たちから逆のことを仕向けられる等の現象は差別
人権問題としていつでも繰り返されがちにする。
痛めつけられる立場が、その痛めつけ方をなんとなく学んでしまって、別の対象へ同じこ
とを真似て繰り返してしまうということも起こりがちなことだ。
何かに属してそれへ勧誘する、というかせんじ詰めれば営業っぽいかまえを採るよりは、
個々の志向をお互い様で暗黙に認め合う方を選びがちにする結果が寛容と見なされること
は、悪いことではない。今時は営業圧行使を逃れられない人々の方が余程多い世の中だか
ら、そこらは相当に質を異にしているだろうけれど。
中央集権を工夫してきたそのシンボル系は盛って追うような個々の利害を表現してしまう
ことは避けることを試行してきた分だけより多くの利害調整役をこなすシンボルたりうる。
盛るとどうしたってその他とは別の選択欲で頭が一杯になりがちだ。それではまずいこと
は巷が一番熟知しているから、それとの距離の取り方の上手なやつはそれなりに一目置か
れるし、尻を追いかけがちな若者たちはちょっとばかり軽く見られてしまう(それ以上に
万が一の時に役立ってくれ無さそうとかの心配を誘うわけだ。利害調整できそうにない的)
。そういうリアルは普通のことだ。
そうは言っても、おおやけを慮ることはそれほど必要ない厖大な巷の人々にとっては、む
しろ”自由”を謳歌して気持ちを激しくつつも平穏にしておいたほうが世の中は治まるよ
うに作用する。

完全版とは言い難い思考能まで身に着けてしまったヒトだから、たとえばずっと同じこと
を続けること程度でもすぐに限度に気付かされるくらいだ。
同じ長い時間を待つとして、その間、1ずつ一億まで数えればかなり時間かせぎになるの
に、そんなことにはすぐに飽きてしまう。数えきれない。それが普通のヒトだ。
仮に、だれかが付き合ってくれて、プロレスごっこでもいっしょにやってくれれば、その
間、気付かぬうちに時間だけ過ぎ去ってくれている。も少し遊んでたかったな・・とか思
えてしまう。無いロープめがけて投げ飛ばせば、その無いロープに弾かれて戻ってきて、
一発くらうくらいの派手なアクションもこなしてくれる。


じゃ、力の素は・・となって、宇宙の始まり論も考えたくさせる。
そっちへ行くの?と疑問を持つ変わった考えもあってよさそうだ。
その時、その時に何が残っていくか、そういう条件と偶然的な遭遇の結果だから、かなり
偶然が絡んで、時に地球的表面を構成できる。
その仮定から、同じ地球形成史でも違う生命構成は充分にありえた(はずだ)。
ただし、その場合程度なら、DNA的な素構成は一緒の可能性大。
そいつらがでたらめに形を生成して、残り方の問題の場合なら、ということで。
だからいかにもな細胞っぽいのが出てきてしまうと、色々話はし易いけれど、原子とかそ
の辺りになると、力の作用で離合集散を言うような話にしがちだ。
それぞれ、大変に込み入ってそうでシンプルな事の関りに映る。
免疫系もかなりが持つ。そしてそうなっていることで、残りやすいし、自らを痛めやすい。
喜田氏が慎重に表現していてくれたように、インフルエンザウイルスは、流行性と表現さ
れるようなヒトを介した変異の中で、病原性を強める。喜田氏の慎重さはそこで発揮され
ている。
ヒトの身体でやたらと増殖しやすいように変わっている。そこを病原性が強まるようなと
らえ方として指摘されている。
やらたと増えて、風の症状をより悪くするだれかにとっては病原性=重病化に近づかせる
けれど、免疫系が働いて、一時的に増えてきたのをかなりの時間短縮で制御できてしまう
丈夫な身体の持ち主のことも無視できないのだから、病態表現はヒトそれぞれに応じてと
なる。そこを読み手はしっかり押さえておかないと、先走り、曲解してしまいかねない。
重病になる場合もあるだろうけれど、それでも発熱後の免疫系の活躍やすばらしい、で軽
快してしまう元気ものも、見た目軟だけど丈夫系も大勢いらっしゃるわけだ。
性質上のウイルス増殖としての病原性はしかしリアルにそこで発揮されているわけだ。
例えばの話、その病原性が強まったインフルエンザウイルスがヒトの免疫系をさしおいて、
ヒトをばったばったと倒してしまうような病原性をヒトに発揮してしまった場合、それは
自身であるインフルエンザウイルスにとっての重病化的病原性ともなってしまうわけで、
(インフルエンザウイルスをヒトに例えて)笑うに笑えないということが起こってしまう。

http://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~suto/myresearch/kasukabe_kyoei04web.pdf
を見てみると

水の分子の大きさ10のマイナス7乗(cm)
酸素原子が10のマイナス8乗(cm)
原子核が10のマイナス12乗(cm)
陽子が10のマイナス13乗(cm)
クォークはマイナス16乗(cm)

クォークを1mmに例えると、
陽子1m
原子核10m
酸素原子100km
水分子1000㎞

ちなみに国際宇宙ステーションの高さはネット調べから408㎞
たとえば水分子についてイオンの状態うんぬんを考えず、積み木細工っぽく単純化してみ
て、
酸素原子が1000㎞の大きさの空間を水素原子とともに構造を作っている。
これでもスカスカ感をかもすけれど、原子核クラスの動くものにとっては、その空間内で
たった10mほどのが動き回る。そらを飛んでいるかなりの小型飛行機っぽい。
超こまかいと一応イメージしておける動くなにがしが、通過してしまうとか、レントゲン
撮影が出来てしまうとか、その手のことのあり様が少しは分かる気になれる。
これだとワンパタンな発想にさせかねないけれど、赤外線とか遠赤外線とかの効果とか、
放射性のカリウム同位体の話とか色々、別の体験をヒトはいつもしていたりする。
そこらを生成と絡めて進化の話に載せられる話にはできなかった。


社会というか、ヒトが観念的にひねり出した技の厖大な中に諜報という分野も含めてよさ
そうだ。
そのことを否定的にことばにすることは簡単だけど、なかなか難物には違いない。
人々の全てが同時的に並行的に奥義のところを共有し合えて、ことばを交わし合えている
なら、諜報のなにがしが暗躍しようが派手に表をかき回そうが、そう入り組んだ事態を生
じさせずに、激高とかも誘わず、ちょいちょい、と肝心の所を抑えて、事態を収束できて
しまいそうだ。でもそこがヒトのできないところで、奥義を共有なんていうことは当分は
難しいままだ。
だから事情通の度合についてのグラデーションが様々に生じて、思惑が思惑を生じ、そこ
に怨念や嫉妬やゲーム感覚や色々が動因として働いて、巷からは迷惑な混乱を生じさせが
ちにしてしまう。競わせて落ち着きどころを探らせればいいんだ、と突き放すある種の指
導層も確かに歴史的な観点かもしれないけれど、愚かなせめぎ合いと見ることのできる観
点も貴重で、改良の余地を残していると見る接近も一方で欠かせない(はずだ)。

連載は続く~ SF 掌編『歴史を仮説してみた』編


列島という地理的な範囲を想定できた上での統一体を藤原氏にゆだねられた、というタイプの想定を前提にできたときに想像できるその先を、またもや素人流ということでお許しいただく。
これまでも藤原氏が"権力系の天皇制"っぽくさせてしまう引力圏の"素"と素人は仮定してきたので、そこらはそのまま使ってしまう。
ついこの間まで、ないし未だに有力層がある程度見えてはいるけれど、それぞれ自立的で、その力(集団を営む上での改良力も含む衣食住を伝承し続けられる技(わざ)系の力などなど(ということで気持ちを動かせる芸能・芸術系の力も当然含む))をそれぞれなりに有する勢力として散らばっている上に、先住系との工夫もそれなりにこなしている(ここらは以前引用させてもらった松本建速氏『つくられたエミシ』知見を参照)列島での起源的歴史はそれほどではない人々の言語空間が濃く作用しがちな対大国との関係性を想起しておきたい。
その前提を想定できる場合、中央集権を描くことの困難くらいは想像できそうだ。
作為に基づく計画的な事業が実質を形作ってしまう。でも、それを気づかせて、何か、いいことがあるかどうか。きっと主流はそう考える(はずだ)。
だから中央集権のある種の継続的性質を前史に挟み込むくらいの作為を要請された(はずだ)。
実質的な担い手を任された藤原氏をいかにその位置に継続的に就かせ。実力も発揮してもらえるか。そこらは大国側の濃く関われる時期の初期の段階での心配だったと推測することは素人の憶測にしろそれなりに通じるのではないか。
これまでのバラバラ状態。ただし、物部氏とか蘇我氏とか教科書知見でも紹介されているような有名どころを忘れるわけにはいかない。
そういう、古墳考古知見から欧米では既知の蘇我氏の実力について、名前から軽くつい見てしまう列島のことば発想は、棚上げしておく必要を素人なりに指摘できる。
だから実際に蘇我氏の人物たちに当てはめうるだれかたちを文献・考古資料に詳しい、いかにも歴史系な諸氏において、具体的な表現を試みてもらいたいところだ。
ただし、ここまでの想定だけだと、既存の色々が出てくるだけにしがちかもしれない。
ここでまたもや素人がこれまで勝手に仮定してきたことを持ち出す。
バラバラにしろ、(列島での歴史がそれほどではないことば上、ある程度通じやすい集団たち)各氏族系にとっての、なんらかまとまり感を表象として感じ合えるなにがしをきっと育てていたはずだ、ということで今で言う天皇に当たるだれかを想定してきた。
しかも更に肉付けとして、どの集団のだれか、がわかってしまう表象性を帯びさせない工夫として、大奥的な多妻性を考えていたのだけど、いかにもなその形はひょっとしたら九州系の王制とセットのあり方かも、とも今は思えているけれど、そこらは、事情通諸氏の発信でいくらでも当時のより相応しい歴史に近づけうる。
ただ、とにかく今のような皇族を生じるようなことはありえない。それぞれの氏族脈こそが重要で、そのまとまり感をただリーダー層にとっての共通の表象として心身に感じ取れる要素だったわけだ。だから重要すぎるほどに重要だけど、一般にとっては知らなくても良い。リーダー層脈は伝承しあう。奥義系の内容だったかもしれない。
そして既に王制の九州系にとっては他所のことに属したはずだ。
なんらかバラバラ系の方でのまとまりを表象していた今で言う天皇的位置のだれかというか仕組みを助けに使って、中央集権ぽさの継続性を演出した可能性を指摘することが肝心なこととなる。
中央集権ぽさのかなり希薄な土地柄にかなりの短期に中央集権を持ち込もうとした試行錯誤のごく初期に、結果かなり上手くいってしまったのだから、歴史知見としてきっと貴重で、応用のための基礎知見の一種の可能性も指摘できる。それ以上に、そういう作為が想定外の偶然の均衡を生じさせて、一見いい加減そうでいて、巧みにまとまりを支え、しかも強圧的にしないで済む列島っぽいまとまりを偶然がそうあり続ける限りで、可能にしてしまう”システム”知見を今も表現できている、と素人は考えている。
端折って走りすぎた。戻って、その当時、中央集権の作為事業を成し始める。
そのための一要素を指摘できた。
その他に、大国が知ろうとすればそれを読むことになる資料には何を書いておくか、で、正格漢文の第14巻から第21巻と第24巻から第27巻を用意した。文字に慣れた当時の列島育ちにとっては流し読みできる文字使いの文章は他の巻だ。それらは、異論反論で世の中が落ち着かなくならない内容的工夫もある程度要る(ある程度と量的な制約を指摘できるのはだれもが読むわけではないから)。
天武系が中断して、天智系が継続した、ということの引っかかりを素人も持っていて、大国として継続的に中央集権化事業に付き合っていられるわけが無いので、その中心的担い手の象徴としての天武系(倭習巻)、天武との関係で濃密過ぎる前代としての天智の扱いの工夫、ということで、中央集権の初期のより近い歴史的人物として思いでも沢山でてきてしまう時期の人物の継続性を持ち込む等が工夫に当たる。
実際には各地の氏族ごとにより尊重されるべき氏神的ななんらかを大切にし合ってきていたと想像できる。ただし、中央集権のまとまり工夫にとっては、脆くさせる蓋然性を持続的に内包させてしまう要素だから、一応邪魔がられて天皇一本に、しかも、九州王朝こそその種の経験は豊富だから、日の丸(半島系と九州系にとっては身近なシンボル)とか、今の伊勢神宮のような象徴性を移して、中央集権事業の工夫の一つにしている。素人的にはそう考えることで、列島のバラバラ性とまとまり感をなんとか腑に落ちるようにさせると、今は思えている。
それぞれが、作為による工夫だけど、偶然の重なりが、欧米流の思想としての自由を殺戮の激しいのを交えながらの戦い取る形式以外でも実質成り立たせてしまうような、応用知見として貴重なことを、素人流には指摘したくさせる。欧米流の思想枠組みを超の水準ではみ出させる。偶然頼りかよ!!多分、だけどかなり上手くこなしていく意欲さえ失わなければこれからもこんな調子でたよりなさそうで、なんとかやりぬけるかもしれない。
江戸期はかなり上手くやってのけた、けれど、軍事政権だ。征夷の意味合いは前記松本建速氏知見を想起してもらえばいい。建前上でも、それは仮想的への軍事のための編成だ。
そのトップを集団の営み上の要所に就かせた。そういう事態的制約も一方で想起できる江戸時代像を忘れてはいけない。
スパイダーマンを演じていた役者氏が、沖縄戦で、まったく武器を使わず医療の為の兵として従軍していた映画を先日見てしまった。列島でも臨済宗の僧の中には、武士やかり出されたにわか兵に違いない人々が列島内で争っていた戦場に出向いて医療に当たっている知見を有している。列島の人々の実際的感知力は、自分たちは選ばれし人々に属するのだから、あなたたちは命がけで、私たちを助けるべきだ、の為に様々を駆使してくる策謀、詐欺の類に多くの場合だまされにくい。命をつなぐ上で、わが心身抜きにありえないだろう、くらいの実際的感受性をめったに忘れることは無い。欧米流の思想の思い込み方を学びすぎて実際的判断を見誤る、ということも時には起こるから、そこらは、完璧ということではない。けれども、欧米諸国も含め諸外国にとってもここらのいい加減に実際生活では感じてしまうはずだけど、実質、平和を持続する知恵の一つに属する列島気質の試行錯誤の辺りは、今でも応用知見の一つではないか、など素人はついしつこくなるけれど指摘しておきたい。
素人考えでは、実朝氏の時期くらいまでは、九州王朝を意識してなんらか作為を発揮していた脈が自らの出自として意識できた上で行使できていたのでは、など指摘できる。
ということで、日本書紀についての基礎知見、森氏の分類とその意欲をにじませる応用ネット発信文章(先日紹介してみた)を、踏まえつつ、今や進行形にある日本書紀解読の、ある方向性を得ることでの、事情通諸氏ならば可能な具体的肉付けを仮説であっても、できれば読んでみたい。


ヨーロッパでは本当に殺し合いを経て、その中で、より自立性を保ち合うための工夫を志向する人々が各地に試行錯誤の場を広げていった。
素人の観測範囲は狭いからやっとドイツの脈からイギリスへの過程くらいを山川出版の歴史年表の付録を参照しながらネット検索など応用してたどり着ける程度だ。
だからなんやかや言われるけれど、イギリスの王室もそれなりに苦難を乗り越えてそこまできているし、オクスフォードの卒業生系官僚組織の端々が信念にもとづいて命がけ系サギにだまされたわけではないのに、命がけに近い形で啓蒙にまい進してきた過去(ご当地にとっては迷惑だったとしても)を、集団の営みにおいて、一万人くらいまでの集団ならなんとかできても、数十万、数百万となるにつれて利害を調整することの面倒くささを請け負いたくなる意欲は失せだすと素人は考えるので、そういうことに挑めるだれかたちを軽々とけなすこともまた軽率、と言うことくらいはしておきたい。だからって、他人の命を軽んじることは、そもそもの市民社会へ向けたお互い様という基本からは外れてしまうことも、煩く、ことばとしては発信し続ける必要も素人だから指摘しておける。
無茶かどうか、そこらはこれからの思想の営みと関わらせて、判断材料にできそうな辺りを一つ指摘しておきたい。
沢山の人々の利害がもみくちゃになってしまう。そういう現実を指摘できる。
それでも、自分たちこそその責任を負うつもりだから、自分たちの指示に従いなさい、そうすれば必ず上手くいくから。と言ってのけてしまう思想には無茶が付きまとう、と指摘できる。列島の伝統系なら、共産社会の成っているイメージそのものはいいんじゃない、と受け止めると思うけれど、だれもが納得いくような調整役を実際的な感覚から、面倒くさがると思える。そこまでは無理でできない、と。その違いは、かなり根本的な集団の営み手法と結びつく。
無茶を承知で強引にやってしまう思い込み過剰な思想表現には、だから修正が要ると、今の素人である当方は見ている。
ヒトの様々に対して、強引に、指示してなんとかしてしまう発想は、事態としては危険だし、集団の営みの思想としては、ヒトという制約を逸脱しているように察する。
列島では、究極の場を持ち込まないように、納得ずくを試してきたことを民俗学宮本常一氏が紹介してくれている。時には何日もかけて徹夜も辞さず、とことん話合う。議論の場じゃない、プライベートに近い近づきの場でこんこんと話し込む。説得作戦じゃない。でも落としどころを探り合う。


さて、進化論だった、と唐突に。
素人が独自に、ということではなく、多くが疑問とともに紹介してきてくれていたことに属する。
今や観測重視の機運が継続中で、似たように更に突っ込んで考えてくれている諸氏がいそうなことは想像できる素人だけど、あいにくそれらを読んでいないので、素人考えを持ち出す。
この生き物に至る原材料は、素粒子のつくりものだ。
ただ素人考えでは素粒子ということばは使いたくなくて、せいぜい原子くらいにとどめておきたい。
なのに生き物のように振舞える。だから、原材料自体にその秘密が含まれていないとおかしい、となる。
そこへ、素人なりに、落ち着くかな、と思える押さえ方をことばにしてみたくなった。
条件が様々に(機会としては長中短さまざまに)変化し続けて、それと外れすぎると生き物は残れない。残れないギリギリの形質が、中期の変異に応じることを可能にしてしまう。そういうことも、結果的にあったはずだとことばにしかできないくらい、様々な形質が今この地表面で生き物として生死を繰り返している。
が、そこにも”歴史性”を何度か指摘してきた。一応DNAを想起してもらって差し支えないけれど、ある条件で生き残って・・をある条件の幅がある程度を保って長年月続く中でフィルター役を果たして、(場所ということで)そこでの振り分けが生じてしまう。そういうことのばらばらの積み重ねが、ある範囲での変異可能性を発揮しやすいDNAの持ち主として振り分けてしまう。極端な異形を生じても、自ずから極端の度合いが絞られてしまう。
けれども、より細胞の数が少ない単位生物の頃で、振り分けの蓄積が少ない時期なら、とてつもない変異を繰り返すことでの、結果的な条件変化対応を成し遂げていたはずで、しかも地球史上の変異の中で、となる。だから単細胞であっても、相似くらいで、厳格に合同のもう一つを生じるということでなら、ある条件で絶滅していてもおかしくないので、初めからでたらめにでたらめ対応していた、と勝手に想定しておきたい。(ここらはダーウィン氏の仮説を採用しているわけだ。初期から並行してもろもろが進化してきたわけではないこと。)
細胞的なあり方になっていると、もうだから、その先については、学者諸氏も沢山イメージを発信してくれている。
でたらめに対してでたらめで応じる範囲が絞られ、むしろ多用化で応じる。ある系統っぽく、持続的な細胞群が生じている。
その中に、多細胞化も生じてしまう。こうなると、微妙な条件変異でも脆い面と、生き残ってしまう要素を発揮しやすい面とが、多様性として結果的に生き物系に生じている。
ヒトも含めて、地球上生命という一群感覚を故意にもつことにすれば、多様性を温存できることは、そのうちのどれかが、激変とかじわじわ変化とかに結果的に対応していて生き残ってしまう。でもヒトが大切にしてきた多様性として残ることは無い。どれかたちが、少し残って、やがて更に変異をこうむりながら別の繁栄の仕方をするし、そういうことを繰り返す。むなしいと言えばそうかもしれないけれど、思い上がらなければ、素直に受け入れることもできる。難しいところだ。
素人考えでは、ヒトは氷河期に向いた生き物で、しかも温暖な時期に向いている。だから氷河期が終われば、なんらか奇形的変異を抱えて生き延びたヒトならどうか知らないが、通常のヒトたちは、生き残りにくいと条件変化を感じ始めてもおかしくないと推理している。
細胞化後はだからこんな感じで似たり寄ったりの話になってしまう。
でも生き物的原初要素を原材料に求めることが可能だと考えるなら、もっと遡(さかのぼ)ってみないといけない。
DNAの含みは、たとえば地球でそれが開始されたとしても、なんでもござれの生成を繰り返し続ける要素を想定させる。
ヒトという具体性は制約ばかりだけどその”種(たね)”の試行錯誤にとっては、継続中がいつものことになる。太陽が地球を飲む頃までは続きそうだ。
種中の種に遡るほうで考えてみると、進化はどう押さえられるか。
力の働きとして、各要素が集まる。とにかくドカンと音がするかはともかく、各要素ができるきっかけ知見は天体観測の達人諸氏が気前よく教えてくれるいい時代だ。むかし、ヨーロッパでは口にしようものなら命がけだったのだ。だからそういう気質をずっとひきづっている苦労人諸氏の一面を欧米系の諸氏に指摘しておいてもそう外していないと察する。
思想の営みにもそれが影響しないはずが無い。
思想(宗教立ち上げ)家諸氏の昔版の方々は、集団の営みを担うことにおいて意欲的であっても乱暴な連中に対しては、争わせて片方に担わせるをいつも繰り返させる処世の工夫を思想普及の思想内容と行動に含ませていたことを今なら押さえておくことが要る、と言えるようになった。結構それなりに危ない発想を秘めさせている。とばっちりに合う一般の身にもなってもらいたいね、と漫画的には指摘できる。
そんなヒトのやりくりも条件の一つなんだろうけれど、種の運動系にとっては、ヒトに限っていちいちこだわってくれているはずがない。
星の寿命がきてはじけて、各材料が散って、それらが力の作用で集まって、またもや星ができて・・はすでに進化の一つの過程とみなさないとだめだな、と素人でもやっと感づいている。
繰り返すことと、一過性のことと、どちらかに折り合いをつけたいかもしれないけれど、一過性的に繰り返し続けてるのではないか。
原子状態での材料化がごく初期の姿らしいことは、NHKのコスミックフロント映像を見慣れている諸氏には、普通のことになっていそうだ。色の分布とかでわかるそうだ。
コズミックフロント以前の宇宙系の番組、1990年代だったかでの紹介では、金もそうやって宇宙規模でできる。だから信じられない量がどかんとできてしまう。それも条件次第だから、たまたま。
そういう塊がほかのもろもろとともに散らかって、集まって地球の塊要素となって、隕石がぶつかったり地震で割れたりとかなんらか巨大変異によって、路頭に現れれば経済的に採掘可能な鉱物として重宝する、というか、がっぽり稼げる別の意味の要素を構成してしまう。飛来してくる過程でか、なんだか(地球がやたら灼熱化したりただごとではすまない条件を経ている)、巨大な塊として地中に埋もれていれば、ただ使える大きさにしてで済むけれど、便利に大きな塊の純金で採掘できることは少ないようだ。
そういう個々の中で、生き物に特有の要素たちが、ぱっと頭に浮かぶ以上に色々なのが素材となって今時の生き物は活動できている。
そこを踏まえつつ、もう少し単純化できる構成こそが重要だ。
だから考えようでは力の作用の結果が、DNA的な要素集合となってそれゆえに動き出した、と見なすことも可能になってしまう。
否、要素の種、その根本のところで力動のような要素系が含まれているのか?
今素人流を発揮させてもらえるなら、含まれていなくても可、と見なせそうに思える。
力の作用が、ある時、今時の力の学の範囲が支えきれないような働き方を演じ始める。
DNA的な、ないし、RNAのような働き方が原材料と出会って、工場が稼動し始めるともう、生き物っぽくなってくる。それだけでなくて、そのでたらめな可能性ゆえに、その似たタイプたちは永遠かと思えるような繰り返しを獲得している。でたらめさが即、ばらばら状態を生じさせたからいいようなものの、条件次第では本当の絶滅を向かえて、新たな生成の機会待ちを地表面でかこつようなこともきっとあったはずだ。
ヒトっぽいと具体的過ぎて、時期的偶然条件とごいっしょ、ということになる。
ぐっと引いて、宇宙規模で見るなら、だからそれら全体が生成の繰り返しの地球版として観察できることに気づけそうだ。
地球型生命の場合のハビタブルな条件は丸山氏らが指摘してくれている。
なかなかクリアするには難しい。他のところに居てくれるかどうか、相当に難しい。
仮に、これまではほとんど死ねば分解されてまた命に戻っていくの繰り返しを可能にしていたとして、それがなり難いプラスチックとは、と沢山繰り返し言われてきたことに行き着く。
ヒトが、地表面微生物たちにとって、飛びつきたくなる要素を欠くなんらかを作ってしまったのか、それとも、近くにそういうのがいないだけなのか。騒ぎの背景ではきっと慎重にサイエンス系が探索してくれているのではないか。

連載は続く~ SF 掌編『時々、お役立ち、三話』編


つい先日、メタンハイドレートが溶け出すと地表面での温暖化に拍車がかかって、大変な事にもなる。ということを紹介してくれる番組を見ることができた。
地表面での気温上昇が仮にメタンハイドレートを溶かすことになれば、事態は、悪循環となって、温暖化ガス=メタンが有意な量、空中を占めるようになって、ヒトの生存にとってどころか、地表面規模での異変を生じさせかねない、という内容だった。
ただその性質こそがかつての地球に生命を誕生させるお膳立てとなった、という知見も合わせて紹介されていた。
この番組を見て、素人ながら、なんとなく安心できた。
地表面の気温については、今が氷河期の最中、ということで、かなり低いけれど、地球史において、ずっと高温気温の時期を驚くほどの期間経て、メタンによる温暖化相乗を生じさせること無くきている。
シベリアの巨大台地形成を担った巨大噴火の時期にはさすがにメタンハイドレートが溶け出してその量が半端ではなく、地表面環境に甚大な影響を与えたと、先の番組で紹介している。そういう地球史上でもごく稀にそういうことは起こるけれど、地球史における高い気温の時期程度では、地質的時間を経ても起こりにくい。ということに、今時の啓蒙データを空想した上で、安心の材料としていた。


ところで、介護は職業的に担っても実は難しいようだ。そこらを9割以上の諸氏においてヤバイ方で対応してしまうよ、と指摘してみた。
で、今日、ホンダのF1技術陣のノリを感じ取れる番組も録画しておいて見た。
技術系は、時に競争的な関係性のお膳立ての下、自チームの技が他の試行錯誤よりも凄いぞ、という実際を体験してみたくなるみたいだ。やはりヒトだから、単調さでずっといくというわけにはいかない。技術のエキスパート諸氏においても同様だった。
それを見て、介護のことも想像したくさせた。
なにかのイヴェントの盛り立て要素に介護技術を競うというタイプはきっと各地で行われてそだけど、ホンダ技術陣だったら、それでは、社交場は好い顔をしてくれそうだけど、本当のところ、物足りないんじゃないか、と思え、技術・技能を絡めた場合、同様のノリを用意する必要を感じた次第。
そこで空想劇場。
介護技(わざ)自慢の諸氏に集まってもらって、技能コンテスト。
答えは無いタイプの設定をその場で出して、解決してもらう。
そして見ている審査員諸氏が一応、様々な指標から判断して、暫定の優勝ほかを決める。
なぜ暫定か、というと、とりあえず、審査員間での論議は経ているので、審査された競技者の異論を聞く(人数上、上位入賞者に限定はされる)。ことばを使いこなすタイプ、ということも求められてしまうけれど、審査員はこれこれについて見逃していないか?とか優勝者が一見平穏に済ませているようだけど、実は・・の所を指摘して見て、検証にさらすとか、見られているようで、見られていない技の箇所を再演してみせる機会を説得から得られるとか、その過程を経て、最終的な順が決定となる。
ただここで終わることは無く、いまや介護のグローバルに技術・技能は共有できたほうがいいので、世界交流の機会への参加資格を得られる。
その場で各国の様々な条件化での介護技を紹介しあえて、学び合えて、指導者知見を持って、帰ってくる。必ず啓蒙する機会を提供される。介護職の忙しさはあるけれど、時々、出かけて、各国の巧み介護技を紹介して回る。自らの応用技も披露できる


前々回くらいでは、読み手にとっての、というところで日本書紀の書き手に関するα群、β群という森知見についての素人考えを持ち出した。
むしろ書き手にとってのなんらか、を想定しての故意なりも想像できそうだ。
書き手がオリジナルの資料を読み込むことができない。それでは書き写すこともできないのでは?と思われそうだけど、口述による伝達でもいいし、メモにして渡しても、できる。
そのかわり、オリジナルの記述内容は本当はどのような内容なのか正確なことはわからないままになる。ここらは、正格漢文の書き手である中国生まれの諸氏に対して、列島事情の知られたくないところをアレンジして写してもらいたい場合に、使える。
第14巻から21巻までと、第24巻から27巻まではそういう性質をこの場合、想像できることになる。
この想像の前提としては、素人考えになるけれど、既存の状態として古田系発想諸氏にも、雄略期に中央集権を達成していると見る現メインストリーム発想諸氏にも、異論となってしまうけれど、九州王朝の中央集権試行錯誤中も含む、そして中央集権ではない列島の状態だから移住してある系統の集団がどこかずっと遠くに住んでいる、ということも起こっている。戦国時代の群雄割拠とも性質的に相当にことなる散らばり。
古墳期の散らかりには、限られた脈の有力層の啓蒙的展開とその浸透度の希薄さとして、仮説を持ち寄りたい。今日の姿がその答えとしたい。
だから文字の浸透の仕方、ことばの浸透の仕方も脈次第、脈とご一緒のような展開を想像しておく。
かなりの偏りを想起できる。
そこに、残党諸氏が荒らして、事件に巻き込まれてその犠牲となった当時の”市民”たちの反感を意識しながら、同じ脈でありながら大国と決着をつけて生き延びた人々の中の指導層が大国の圧しを得て、官僚的知見・技術を持った人々も使いこなせる条件付で、中央集権に乗り出したとしたら、それこそ極端に面白い大河ドラマになるか映画にもなりうる。
だから、大国には言いたくない要素と、中央集権が上手くいって、立場を強めるような粉飾を可能にするなど、いろいろ史書を作る際の工夫は当然のようにありうる。
そして無理は長続きしないから、六国史は途切れることになる。ここらも映画とかドラマになる。しかも現状へと連なる知見たっぷりじゃなかろうか。グローバルななんらかとしても、役に立つ。

連載は続く~ SF 掌編『500年代末から600年代にかけて古田説を介してまとめてみた』編


①九州年号”法興”(考古資料と古い文献資料についての重み)
法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘中の年号
 「法興元卅一」
◇伊予風土記での法興(以下引用は平凡社東洋文庫版読み下し文から(p330-331))
 温泉の章に「法興六年十月、歳(ほし)は丙辰(ひのえたつ)に在り。わが法王大王と恵慈法師および葛城臣とは夷与の村を逍遥して、まさに神井を観て、世の妙験を歎じ、思うところを述べたいと思い、いささか碑文一首を作る。つらつら思うに、そもそも月日は上天に照って私心なく、神井は地下に出て尽きることなく与える。万機(まつりごと)はこのゆえに絶妙に照応しておこなわれ、人民はこのゆえに安穏に暮らす。すなわち日は照り、水は供給し、かたよったところがなく、全く天寿国(極楽)と異なることがあろうか。」

②隋史卷81列傳第46東夷倭國の記述(六国史原文だけからは気づけない内容の重み)
 倭王姓阿毎字多利思比孤号阿輩雞弥
 王妻号雞弥 後宮
 名太子為利歌弥多弗利

I 多利思比孤
II 王妻
III 太子

旧唐書卷一百九十九上列傳第一百四十九上 東夷百済伝中の倭国関連記述の重み
 ”白江”:2箇所
      「自熊津江往白江以會陸軍」
      「仁軌遇扶余豐之衆于白江之口」
 ”倭”:
      「南渡海至倭國」
      「遣使往倭國」
      「又遣使往高麗及倭國請兵以拒官軍」
      「忠志等率士女及倭衆並降」
      「交通倭國」
*③’旧唐書卷四本紀第四高宗上での記述
 古田武彦著『法隆寺の中の九州王朝』('88 朝日文庫版)から(p291)
      「顕慶五年八月庚辰」(660年)の記事
      「顕慶五年十一月戊戌朔」(660年)の記事


①について
考古の学からする確実性の度合いと照らして、”法興”が彫られていることを明確に引き受ける必要があると素人は考える。
しかも、古田氏らの研鑽努力により、江戸頃にすら九州年号を探索されていて、それなりに記録は残っていること。
それらを整理すると、
西暦 干支 九州年号              天皇
594年 甲寅 吉貴(喜楽-端正-始哭(始大)-法興) 推古2年
逸文の伊予風土記だけれど、しっかり”法興”文字は使われている。
九州年号からこそ釈迦三尊像の時代を特定できる。しかも紛らわしい解釈が蔓延した後の発見だから、”面子”の脈が働いて、簡単に変更できることができにくくなっているようだ。

②について
古田氏らの著作が出回っているので、周知の事実にしろ、面子の問題が災いして、これも素直に3人の記述とせずに無理やり2人のことにしている。しかも性別まで無理やりに変えている。
Iには妻がいる。だからこれだけで当然二人。そしてIII太子が居る。合計三人。

③について
中国の正史の本紀での記述における年代をどう歴史家は受け止めているのか。
とにかく戦争的な脈絡での倭・百済高句麗と唐・新羅間での戦闘事は660年に決着がついている。
諦めきれない残党が騒動を起こして、しょもないやつらだ、と怒りを買う事態がその後に確かに起きているけれど、本紀で扱われる事態となってはいない。


①②③をざっと眺めていただいて、素人観測は藤原氏の出現と結び付けたい。
③からは中国も圧す、だけど、半島に向けて失地回復欲を有する危ない面も含ませた藤原脈(と観るのは素人なのですが)ということから、残党系ではないことには気づける。
危ない面も有するけれど、①で長く引用した伊予風土記の内容を参考に無理やりしてしまうなら、知識系にはそういうことを既に頭に入れることが可能だった、ということを、勝手に想像してみたい。
理想は結構簡単に裏切られて性格をあくどくさせる作用も持つから、そこらは事態として慎重に見ておく必要くらいは指摘しておける。
古田氏らの試行には、評と郡との使い分けを歴史的に理解した上で、九州王朝の覇権が及んだ範囲を列島の東へとかなり拡大したい思惑も含まれている。そこらを素人はまったく意に介していない。
中国系との一緒の事業がハイウエイを成させ、中央集権の諸制度を留学生・僧らの助力も得て推進できたと見たい。
でも列島内中国・四国・近畿・中部・北陸・関東圏は散らばった”(今以上の)自治体”が機能していた可能性ありで、中央集権に従うよりは自分たち流の方が余程うまく集団の営みを円滑にこなさせるという自信たっぷり系がいたようにも想像したい。
こう見ないと現状を理解できないのではないか、と素人ながら、現在進行形の事態を心配というか、そうではなく、事態の推移とか発信について見誤るのでは、と、そちらの方には心配できる。
戦国とか列島全体規模で移動・居住を繰り返してきた層がかなりの規模いらっしゃるにも関わらず、列島内では、そこに長年月住み着いて、伝承を担ってきた諸氏も相当数(と言っても数は限られていて長兄とかその類のシステムが求心力の要は押さえ、でもその他は食うために散らばっていったのはいつの時代も似ていたかもと思える。)
列島全体におられるはずだ。
敗戦の画期以前と以後の意識的事業の変化くらいは押さえて、歴史資料に当たる必要を指摘できる。

* 尚、今日において、歴史系の出版が盛んで、古い時代の文献を学者諸氏の労作とはいえ安易に読み下し文にされても、かなり誤解が紛れ込みやすいと素人は思え、ちょっと調べたら、なんとネットでも中国の正史について、漢字で記されたものが公開されている。
隋書の”俀国”伝は、列島の安易な翻訳系と同じで”倭国”に直してあるようだ。
上記①②③については検証可能です。
 調べていて気付いたのだけど、角川文庫版の『風土記』も今では原文付きになっていた。是非参照してください。

連載は続く~SF掌編『コロナ騒動については素人的にはまとめてしまいたい』編


最初に先日の喜田氏の話を整理しておきたい。
その前にダーウィン氏の進化論について、偏り過ぎた先入観を心配してみる。
あたかも意図的に適応できるかのような生き物たちをつい想定してないだろうか。
結果的に適応してたのかも、の結果については観察できるわけで、今の生き物たち、ということになる。
しかもふるいにかけられる、としても、強引な場合(いくつかの大絶滅事例)もあれば、極く地域的にきつく作用した場合も想定できる。
沢山の変異を生じさせるのが生き物の持って生まれた性質のようで、それらから時々の条件とのやりくりで生きやすさに差を生じさせたりする。
その変異しやすさの範囲が種ごとに絞り込まれてきて、まったく別の種のような変異はまずありそうにないと思えるくらい、絞り込まれてその範囲での変異が生じやすい。
喜田氏の話に出てくるインフルエンザウイルスもまた変異しやすい。それがいつものこととして、そこで感染するかもしれない元の中に含まれている。
大局として、初めて性質でのヒトとの遭遇の場合、パンデミックを生じやすい。
とにかく免疫で対処できないから罹る。感染しまくる。
そこを伝播性が強い事態とする。
が、一旦ヒトに感染して後、その環境での結果的な成果が生じる。
とにかくヒトのだれかの身体の中で増えやすいタイプという結果が現れる。そういうヒトの身体が”漉し役”をこなす。ヒトの性質の似た方を踏まえて、あるウイルスタイプについて多くの諸氏にそういうことが起こっている。
それが流行性のインフルエンザウイルスということだ。
たまたま増え方と同時に即死になるくらい強烈な症状を伴うようだと、そのタイプのインフルエンザウイルスを伝承できる関係者が限られがちになってしまう。ごく近くで看病していた家族とか、援助に入っていた濃厚接触を避けられない関係者諸氏とか。
だからそういうタイプに完成は蔓延するタイプになるときもあるけれど多くの場合、そうなりにくいと推測できる。
短期にどどっと増えてヒトの身体を”蝕む”(発熱とか)けれど、追々免疫が働き始めて(発熱が実は良いシグナルに当たる)、3日目頃から7日目ころにかけてなんとなく回復してしまう。
流行性という姿にはヒトは慣れている。


今回のコロナ騒動では、今後の役に立つ準備が成されているだろうか?
状況判断のための試行の機会だったとすれば、どうも利用し損(そこ)ねている感じだ。
初期の脅かされた時点では(武漢での騒ぎ方がまず異常だった。だからその時点での精密なドキュメンタリー番組こそが今は必用だ。そこまで騒ぐようなことは列島では起こっていない。船での騒ぎもだから精密に再検証を兼ねてドキュメンタリー番組にしてもらう必要を指摘できる。一本、NHKが発表しているし、初見では貴重と思えたけれど、今の時点ではもう少し詳細に、大ごとになった原因を探れるものでないとまずいと思えている(ちょっと長すぎた注はここまで))、一体何が同起きているのかへの答えを導き出せるような、なんでも疑問状態、だったと思えるけれど、ある程度過ぎて、どういう感染症状を生じやすいかの姿が見えだして、その時点で軌道修正は必須だったと素人は見ているので、敢えて率直なところを指摘してみた。
次に、もう少し、重い症状をどの年代にも負わせるタイプだったとして、それでも治る治り方をヒトはその時点で時々刻々のペースで学んでしまうものだ。
治るし、その過程をある程度把握できた時点で、症状や蔓延する心配を極小にするために、罹るための工夫を採用する。これらがヒトの凄いところだ。そうやって生き残ってきた。
喜田氏の指摘には反するけれど、ワクチンを頼れるはずがない。症状を緩和してヒトの免疫系の働きを保てる体力温存の状態に出来るタイプのいかにもな欧米医療発想の治療薬でもきっとその対処に使える。(更に良いのは日ごろの心身力を養っておけること。免疫系が諸条件のかく乱を被ってもなんとか対応してしまえる程度を保つ。頭寒足熱もその一つ。平均的には36℃台の半ば以上を保てているかどうか・・安保知見)
まとめる。
未知の事態へのヒトならではの推移に応じた状況判断の妙を発揮できているかどうか。
その特定のタイプのウイルス感染症について経験から短期であっても性質を観察できて自発的感染による(言い方、言葉使いは難しいけれど)”蔓延”を抑止する。ないし罹ってはまずい人々に近づくことを避けられない家族とか関係者が率先して、予め罹ってしまう策を相当に積極的に採用されていることが、症状の強さに応じて起こりやすいはずだ、とヒトならではの工夫として素人からは想起される。他の手段では間に合わないしあてにもできないから。
そして、そういう巷の工夫の進行形と並行して、専門分野からの答え方は症状緩和のための対症療法。救急処置の最善版を提供することと推測できる。
いかにもかぜとかその症状にそったななになに治療薬というよりは、生理の元のところに帰って、なにが心身に生じているかでそれに作用するのは・・と考えて、それなら・・で既知の中からも探し出せる。ここらはコロナ騒動でも生じている。
緊急時だから、試しに使うとかの試す機会も各地で相当量短期にこなされる。
で、専門的なデータとして提供内容がしっかりしていれば、目利き諸氏が必ず、いいものを探り当ててくれる。

戦争ではないのだけど、衣食住の基本を絶やさず、持続しておく工夫が不可欠だから、自ら罹る作戦も更に応用されて生産活動をしぶとく支え合って、支障なく、だけど、初めてウイルスタイプということでパンデミックは避けられず、なのに、今回のコロナ騒動のようなことには陥らずに済む。
と言いたいところだけど、少なくとも列島医療現場は、この軽いコロナのウイルスでパンクしているというのだから、列島在住の諸氏においては、それまでも医療を別世界と見做していたと思えるけれど、更に、面従腹背するしかない得体の知れない世界と見做(みな)してしまうのではないか。
症状の重い、新参ものウイルス感染症がはびこりはじめたら、医療には頼れないという風潮が即生じてしまうかもしれない。なにしろ、今でさえ対応しきれていないらしいのだから。即、パンクしているだろうと予測するのが普通の反応と思える。
それくらい列島医療現場へは、多分で、素人の杞憂で終わってほしいけれど、失望が高まってしまっているのではなかろうか。医療関係者の発言も含めて。
(ただし可能性は秘めているとも素人観測からは指摘しておきたい。どうも、医療現場に列島独特の事情が介在していたようだ。そこを改良しようという発信も一方では聞こえてくる。詳細は素人には不明なため、ここではどうこう指摘できない)

年寄り諸氏にとっても不安は、いまの(騒ぎ方も含め)対処の仕方のままだと、ずっと続きそうだ。来年の今頃に少しは落ちついていてもらいたい。
コロナは普通のかぜだからこれからもいくらでも”風邪ひき”は膨大量繰り返す。こんなの毎年の当たり前の現象だけど、騒ぎ方を間違えているから、それと年寄りへの工夫策が未だ定まっていないから、数の増減に振り回され続ける事態が来年か再来年とかずっと続くしかない。