王族、貴族層へどうやって取り入ることができたのか?
今を参考にする。
王族、貴族層その周辺がなんらか物流と関わって利益を得ている継承性に、歴史的関連を持ってきた勢力において、とっかかりはその程度で可能になる。
が、より影響圏に近づくために、異性を使うか?
それは当てになる場合もあるかもしれないが、大抵ダメだろうと推測しやすい。
結局、稼げるネタを持ち寄る。自分たちの経路を介した物流のどこかと関わらせて稼がせる。
桁が違う入りを経験すれば、取り憑きたくなるくらい、表面上の取り繕いとは別の姿を漂わせ始める。
もうしめしめ・・状態だ。
そうやって権力作用系に端緒を得、更に、資金の融通の機会を絡めれば、濃密以外の何物でもない権力作用系そのものに食い込んでしまっている。
欧米では、そうだった。
列島でも、イエズス会系とそれと同伴の遠隔地商業系は王族?!と見なした勢力相手に、似たことを駆使したと想像しやすい。
欧米での転変が、イギリス系の暗躍の時代になっていたのを、直接的に変化として追うことができていたかどうか。そこら。
つまり・・・。
果たして経営の才が有り余るほどの勢力と見なしうるか?と言えば、どうやらなんらか資産家になっていて、その融通とその為の策としてのお近づきの結果がたまたま歴史的事実を成した勢力、と見なした方が漸近線を張りやすそうに推理する。
人々を思う経営の定義上の才は希望的にそうあってほしいけれど、と添えておけそうだ。
だから、今日の無様な世界経済に陥っている。
各国の事情が、それなりの国内的バランスを保ちつつ、懸案も抱えて将来的に解決しようと試行錯誤している。
けれども、為替とか購買能力のある時点での比較からすると、某国が別の某国の商品の数々を買い占めること出来てしまえるような格差がリアルに表現されている。
これって経済の理論的にはおかしいはずだ。
そのまま片方の有利な状態として継承され続ける不都合を経済は解消する方で機能させやすい。
そうなっていない人為を探れ!
すると・・・。
民主制を採用して年月を経れば、だれもが落ち着いて民主制を営んでそうな印象を持てていてよさそうなものだが、実際には、意見の通る世のなかを巡って、戦々恐々としている感じだ。
この資力のおかげでなんとか、無駄な軋轢にさらされるのを抑える方に寄せて、この立場を保持しつつ、アイデアの発信源たりえている。
理念的な姿のようにして巷のだれそれに埋もれるようなことになれば、とてもじゃないが、意見を有効な位置で出せる条件など持ち続けられそうにない。
身近な人間関係の中でさえもだれかれと意見が出されて、譲ったり譲られたりの立場を経て、これまでのような意見の表出と根回しの経過の後の実現っぽいことなど不可能だ。
一応、勢力的に各分野に散らばってそれぞれを占めていて、資金力ゆえに、提案が成ってしかもそれが継続している形を保たせることができている。資金力抜きにはそうはいかない。卑近な例ではサクラさえ雇えないで企画もなにもあったものではない。雑費は相当に必須だ。
そういったちまちま費用がちりも積もれば式に今の惰性をなんとか持ち堪(こた)えさせている。
そしてアイデアについては自分たち以外のだれを信用しろというのか?!
産業の構造についても、会社名を継承しつつ中身が大きく変化し続ける21世紀初めの時期と振り返ることができそうだ。
概念的には、大きな生産の内容に日用の性質が濃く関わるならば、世代継承ということで、性能他の改良が伴う限りで、相当な長年月を担いうる。
ただし、人口の大きさ次第、と限定条件も付けておける。
人口の移動も付加できそうだ。
作ってそれらを売る分野も変化し続けている。
US広大な大地を前提の商圏モデルを極小列島に当てはめたモデルが応用されているところだ。
大地震に伴う大事故を理由にして、難癖つけても問題の根を感知し損(そこ)ねさせる。
それができて、効率的商圏を形成しやすくした。昔からの(大抵は参勤交代期のばらまき需要依存の商圏だ。それを鉄道の駅商圏が引き受けてくれたけれど、ばら撒きの方は買い手次第だったので、桁が違ってしまう。その結果、刃こぼれ減少を継続している)商店街はシャッター街から空地へと変貌しつつある。
その代案としてスマートシティタイプが持ち出されて、商圏もコンパクトにまとめ、住圏もコンパクトにまとめて、生活を成り立たせる片方からする恣意が通るかどうか試されている最中か、その端緒のところだったりするのが今の列島だ。
広大な商圏を面等見切れん!と面倒くさがり作戦を敢行できたUS事情はともかく、列島版はそれでいいのかどうか。
素人老人知見の些細(ささい)な知見程度を頼ると、各地に自治圏を自律的にこなせていた列島環境において、それを日本国ということでまとめて共有イメージの下、必要なら団結資金を当てにしながら、各地は各地で自律性をなんとか継続していこうとしていたものの、律令の理念よりは面倒くさがり系による律令の形の方の簒奪(さんだつ)が勝(まさ)って、乱闘の騒ぎを100年間以上続けた挙句、なんとか中央集権の観念を納得してもらうことまでは成功させ、しかし、当初からは千年もたってしまっていて、日本国とまとめる動機、つまり三国ほかの勢力が競って無駄な費用を捻出させるよりは、まとまるところはまとまって日本国としての事業として、お互いのものにできるし、各地は各地の実力を育てて、それでもって賄えることは賄ってお互い尊重し合っていこうじゃないか、という部分を欠落させたまま、欧米流の中央と地方的観念を覚え、覚えさせ始めた途端、幼稚にも、相当にヤバい方の歴史的やらせ事件に巻き込まれてしまう。気が付いた時にはもう手遅れで、口に出せない首脳系の中には、自ら命を絶つものもでてしまうしで、当時の真相を知る者はほとんど残らなかった。
思い込んで熱くなった連中でさえ多くはなくなってしまったから、思い込み像とリアルな思惑とか世界事情とかをリアルなところで探る材料は、他地域のより真相に詳しいだれかたち頼りのような事態を招いてしまう。
そこらは自ら命を絶った近衛氏の自らが公表している人脈からも気づかないわけにはいかない。
本筋とかその傍系とかわんさかといらっしゃる。そして、当人は、翻弄される立場に近かったようだ。情報は入っていておかしくない。けれども、位置取りを探るツールはなかった可能性大だ。
現代の調査力を以って、SF刑事ものとか事件ものを本格的にこなせる作家諸氏においてなら、きっと探り当ててくれそうだ。
ただし、頼りにしたい希望はあるものの、副島氏式の観点、帝国ではないもう一方の、属国を意識してか、見えざる圧の下か、客観的に見透かせることが可能な衛星画像の地図を必要な時点のを必要な時点に使って客観視してしまうし、コメントも発信してしまうタイプのニュースなり報道なりは遠慮しているっぽい現状ゆえ、
ロスチャ圏内の面倒な出来事(ウクライナ・ロシア・NATO(EU))もロスチャ圏シオニズムネットワーク盛りだくさんの出来事(イラン革命系・US・イスラエル)も、むしろ難しそうでちょっとなぁ・・・っぽくワールドニュースに晒されがちだ。
ついでに、本日触れえたので、先日のギャパード氏のもたらした資料の件を初期に情報発信していたページにて、病気が突然生じたことその地のこと自体は打ち消せないけれども、今の段階の知見によると、ウクライナ=資金提供先US、それともろUSの研究所が疑わしそうなヒント発信になっている。
当然、建前は建前として尊重される超大国USにおいて、議員のお一人が追求中だとあった。
つまりギャパード氏は少し新しめのにはふれられるほどの時間的余裕が無かった。職務が忙しくなる場合がありうる。けれども、追求し続けてきただれかたちは、なんらかたどり着けて、現時点でのより怪しい脈にぶつかることがありうる、ということのようだ。
US事情は、やる気になれば海外の要職のだれかをスキャンダルネタで脅せるくらいの資料を集められるし、実際にそういう活動をした氏は海外亡命のような生活を経験された。
また行政の重要部門でならそれなりの情報に接し、事情が事情ならば敢えてオープンにしてしまう潔さも発揮してくれる、が、その場合も亡命生活を余儀(よぎ)なくされる感じだ。
が、議員の立場でできることも相当にあるようだ。
それら英語資料を読解して日本語発信してくれるページもネットの時代にはありがたい。
大事業・大経営には他の一面があった、という噺だったのだが、相当に逸れている。
二世代か三世代に渡って使い続けられる日用品は、人々の生活質を改善させうる。
そこへつぎ込む費用を別へと使えるようにしてくれる。産業的には、他の需要を当てこめる。
そういう大経営の継承はありうる。
グローバル化を選んだ、というより、国内のUS化が進行して(つまり賃金上昇圧に経営がオルタナティブを採用した格好(非正規採用も含む))海外の低賃金労働依存の経営質を持ち込む。
そのことが日本の経済政策へも変質をもたらしていた。
型通りの有効需要政策は無効となってしまう。
本家の本業が海外へ移転しているから、有効需要として機能する国内循環そのものが生じにくくなっていた。各地国内循環型のところへはいきわたってそれなりに需要を喚起していたとしても、マクロの大きな部分で海外へと流れて循環してしまう。
が、そんなことは玄人衆にとってはわかりきったことのはずだから、わざとそうしてみせたくらいに素人の老人は受け止めたくさせるがどうなのか。
稼げる口を餌に釣る方式をロスチャ脈は巧みにしてきた。
そうやって(大学とか著作者とか色々)知識層のネットワークも鷲掴(わしづか)みにしてきた。
で横並びの知識はわんさか出やすいマスメディア発信とマスメディアかネットメディアかのせめぎあいっぽいようで、似たり寄ったりな景色を形成させがちにしてきた。
言うは易しの通り、稼ぐ現場ではもっとずっと工夫がいる。素人老人のような将棋や囲碁のセンス無しタイプでは当然、どうにもならない。現場を担う諸氏においては、少なくとも七色仮面くらいの人生を生きておられそうだ。
事情に関心を持てば、逐次その情報を追いたくさせる。
つまり、一人の人生では背負(しょ)い切れない事態を招きかねない。
ワールドニュースを毎時間見続けたくさせる。それで知った状態(=他へある程度の確実さをもって事情を説明できる)を満足できるけれど、他の掃除洗濯のたぐいはおろそかにしてしまうことに通じる。世の中の真実に突然、突き当たってしまったりする。素人老人の場合、そういう時々刻々をテレビ鑑賞人生として体得し繰り返しているわけだ。
けれども、ロスチャ脈ほかは疲れ知らずだ。日々、時々刻々なにかしらしでかしてくれる。
稼ぎ口作戦で広大な濃密なネットワークも機能させている。
だから成熟してそうな今時、経営層もやる気があるんだかないんだかわからないけれど額に(脂)汗して、懸命そうだ。名前は同じだけど中身がまるきり違った経営体を営んで続けている。
経営体を売ったり買ったりして資金循環を超える方で運用する秘策も大っぴらだ。
そこまで追い込まれてもいそうだ。
人々はたくましく生き延びてきた。多くはほとんどの時間を楽しく営めてきた。
しかし、産業系発想の極端に譲歩し過ぎた途端に、トンデモな世の中を生きるようになっていることは、時々のパンデミックとか感染症と布教活動の怪しさとのリンクからも推し量れる、と素人老人の些細すぎる知見からはちらっとことばにしておきたくさせる。
どうだろう、そろそろヒトの観念系にちょっとだけ、興味を持ってもらうような感じになってきただろうか?
自動車はとても便利が。しかし、大地震の際、それらは今の状態のままなら、ただの邪魔ものの集積になりうる。
と同時に、迅速に目的地へと必要物資、人々を移動させる道具ともできる。が両立が難しい。
便利に使いまわせる方をその災害時に最大限の方で活用しまくれるようにするには?
老人たち、身体が弱ってストレス耐性脆弱な諸氏においては、ひと所に寄せ集める災害時の避難形式は過酷な生活場と変貌する。
つまり老人に限らずストレス耐性との関わりから弱者タイプの大勢にとっては、ひどくつらい環境へと必要だからとかで追い込まれてしまう。
それはまずい。そして現代は、それをまずいと率直に感じてくれる時期が到来してしまっている。そうは思えるけれど代案は?無いよな・・・ってな感じのようだ。
大型輸送車が、個別部屋式の簡易住居っぽいのを大量に地元が事前に避難用とした土地へ運んで、衣食住の基本設備もさささっと作り上げてしまって、住むところのない弱い立場の人々は安息の場所を得られる。
一週間、二週間くらいすれば、気持ちが落ち着いて、当面のことくらいは自分事として心配できるようになっているかもしれない。そうならば、少しずつ、改良を図(れ)る。
鉄筋コンクリートの自宅を自ら作り直すのはちょっと大変そうだ。けれども木造ならば廃材を使って一階建ての堀建て小屋程度なら簡単に作れる。そうやって我が家へ帰る人々も大勢いていいのではないか。
そんなバラック住まい、褒められないぞ!確かに。
でもそれでかまわないだれかならそれだって立派なことだ。
電気、火とか、水とか、法律上の基準をクリアしているかどうかはしっかり検証される。
一階の掘っ建てでの大地震ならば、多少は埋まったりするかもしれないが、本棚に押しつぶされるほどではないのではないか。
他人の仕事を買うなんて言う生活はそう古く迄遡れる人々はきっと少数だ。
現代は高くなることを承知で、他人の仕事を買う生活を選ぶようにしてきた。
だから賃金は何時も足りないのが当たり前だ。歴史的経緯からより多くを持てた人々がたまたまその余力ゆえに他人の労賃分を気にしないで済む生活ができている。
古くは厳密な仕分けよりは、お互い様の領域をある程度融通し合う方で、自律領域をしっかり確保し合っている。
もちろん、奴隷っぽい扱いを経る土地柄、時代とかもありえたのだから、様々な経緯を記憶にしておくことは欠かせない。
つまり介護を他人の労賃を請け負うから頼むね、にして自らの稼ぎで可能なのかどうかを本源的に考えて、介護請け負い業のアイデアを育てのかどうかが問われておかしくないわけだ。
自分たちで請け負うには、老いの時間が長すぎる。大抵数十年間だ。
働きすぎて糖尿病になったような生真面目な列島気質がいる以上、病んだ老人の介護が大変なご家族を放置はできない。
一方で、老人は昔から元気だったことを思い起こそう。
介護はその必要なきっかけ以後で十分だ。老人ご本人だってきっとそう思っている。
普段、ほっときすぎて、気持ち的に切れて、少しは老人の面倒くらいみてくれ!の思いが出過ぎて、いじわるに、大したことない状態にも関わらず、歩けねぇ・・とか言い出して、面倒見ろの方へ誘うこともありえないわけではない。そういう場合は時間を掛けて納得し合って、やはりそれぞれが近づきすぎないヒト観念系にとっての良い距離感を保つ良い関係、付き合い方を持続しようね、と成った方が相応(ふさわ)しそうだ。
すると素人老人の介護職経験からする印象記に過ぎないが、90超えでもそれまで元気な諸氏は元気だ。大丈夫、放って置ける。
少し、忘れっぽくなっているなら、火の類については、代案をお互い納得し合って解決策を共有すれば済む。
強がるとか健康ぶるとか、そっち系の諸氏が老人の場合は、日々を観察して、どこをやり過ぎないか、失敗しがちか記録しておいて、整理した上で、行動のどのケースは要注意かを反応できるように記憶しておければ、或いは、場の準備をしておければ、致命的なことはまず生じない。
足腰に弱気が生じて、動かなくなると、先は見えてくる。
一緒の誘いでもとうとう動かないとか、口喧嘩する元気もないようなら、その原因をただちに探って、栄養とかちょっとした動きで改善可能か、水か、排泄か、とか老人性の原因を専門家とも組んで探って、それで改良できれば、またもや本人任せにできる。
すると結構、老々介護なんていうのは、他人に対しての笑い話程度でしかリアルではなくなっている。
ただ、介護施設の押し込む形を取ると、残りは短くさせがちだ。
生活がガラッと変化させられるから老人年代にとってはひどくきついわけだ。
追々元気の方がしょげて、免疫系は活動を抑えるようになって、じわじわと近づいていく。回避したければ、施設入所しないで済む、元気保持の方で準備を怠らなければいい。
子や孫からケチを付けられたらストレスはたまりやすい。放っておいてもらいたいだろう。その一方で、孫とかはかまいたくなる。いい気なもんだ。でもそういう機会を持つと、老人たちはなぜか元気を回復してしまう。やたらと免疫系が活発化している。肌をみれば直ぐに気づける。
今の老人年代は、激動の1970年代を若者の働き盛りの現役(3,40代)として生きている。
ロックとかフォークとかよりもすでにワールドミュージックの時代だ。
笙とかの和楽器でさえ楽器の一種程度に受け止めてしまう世代だ
NHK4Kが4K版にて放送中の1970年代に主に製作されたよみがえる新日本紀行のタイトル曲は富田氏のシンセサイザー曲で、それこそが日本調と思い込ませてしまう曲調だったして、1970年代もまた不思議な時代だったりする。
多くの若者たち、特にナンパ系両性は夜はディスコの時期だ。
地方の地方まで夜のディスコは蔓延(はびこ)った、大流行だった。
そんな世代の老いぼれた姿を想像してみてほしい。
ディスコミュージックを踊れる連中に、さ、皆さん、昔覚えた童謡、歌いましょうね。
なんてことは"時代錯誤"だ。
もちろん、童謡は童謡で知の結晶的表現型なことは紹介済のはず。
ただ、覚えているかというと、多分、血気盛んで活性している頃の方がピンとくるっていう辺り。
こう言っておいてなんだが、下手すれば麻薬ルート(今時なら闇バイト)を形成させかねない場の提供事例ともさせかねないわけだから、いつだって、トーヨーのりの若者たちがどう器用だろうと、その応用編に誘われない工夫も活発にしておかないとヤバそうだ。
年収300万円で四苦八苦している諸氏にとって、USならば同じ境遇でその数倍だから、1000万円収入層だ。それくらい地表面規模での購買力格差をいつのまにか構成されてしまった。先にバブル化した方が得、ではまずいのだし、経済の機能するなら、逆に高い方が不利に働く面が出て、時間がたてば相殺されることになるものだが、そうならないままできている。
USは更に高物価になっているらしいし、その分、国際関係での購買力は上がっているわけだ。
ヨーロッパもUSほどではないが、また賢そうだけど、待遇面で費用を割り振っている。
いかにも先進的に見える分は、購買力格差ゆえの面を意識できそうだ。
しかし、経済機能は正直だから、一方的な豊かさというのはありえそうでいて困難だ。
が、それが作用しずらくしている。
で世界は大混乱なわけだ。
貧しい諸国にも格差が生じて妙に欧米流裕福生活者が溢れたりする。
そういう印象付けも列島映画環境では、ちょっとなぁ・・・と率直に受け止めてしまうのだけど、諸外国ではどうなのか。
これぞ裕福生活と真似る層が物価上昇に加勢してしまう。やがて、物価高に生活難と、賃金上昇圧を加えれば、先行物価の後追い賃金上昇のコストプッシュタイプの物価上昇の悪循環登場なわけだ。
稼ぎ口、雇われ口を誘いの手口にする取り入りしてこその権力中枢と親しくしてきたロスチャ脈作戦は、列島版としては、動同組合のどこかの上層にも手を打っている感じの上昇気運を日々のニュースは流し続けてくれている。
使い捨て、食いつぶし領域を育てるやり方に乗るか乗らないかは一応判断できる。
でも、ちゃっかり利便のお誘いにのって、その先展望していないと、どうなることやら。
多少時間をかけてでも、バブル方式を中断して、民主制を保ちつつ、荒っぽいアイデアで荒っぽく秩序を保って見せるぜ系には譲り過ぎないアイデアの持ち主たちが意見を通せる勢力配置を工夫し続けられるかどうか。
川柳もどき
猛暑過ぎる
台風の風は
熱気さえ吹き飛ばす
らしい・・・・
本当か?
そこらをAIで検索しては
いけない
忖度するか
知ったかするか、だ
天気予報を見る、聞く
が良さそうだ
今や天気予報の原資料
AIが天気図を解読
AIが観測数値データを解読
AIが衛星画像を解読
しているとか・・・
・・本当か?