連載は続く~SF掌編『コロナ騒動については素人的にはまとめてしまいたい』編


最初に先日の喜田氏の話を整理しておきたい。
その前にダーウィン氏の進化論について、偏り過ぎた先入観を心配してみる。
あたかも意図的に適応できるかのような生き物たちをつい想定してないだろうか。
結果的に適応してたのかも、の結果については観察できるわけで、今の生き物たち、ということになる。
しかもふるいにかけられる、としても、強引な場合(いくつかの大絶滅事例)もあれば、極く地域的にきつく作用した場合も想定できる。
沢山の変異を生じさせるのが生き物の持って生まれた性質のようで、それらから時々の条件とのやりくりで生きやすさに差を生じさせたりする。
その変異しやすさの範囲が種ごとに絞り込まれてきて、まったく別の種のような変異はまずありそうにないと思えるくらい、絞り込まれてその範囲での変異が生じやすい。
喜田氏の話に出てくるインフルエンザウイルスもまた変異しやすい。それがいつものこととして、そこで感染するかもしれない元の中に含まれている。
大局として、初めて性質でのヒトとの遭遇の場合、パンデミックを生じやすい。
とにかく免疫で対処できないから罹る。感染しまくる。
そこを伝播性が強い事態とする。
が、一旦ヒトに感染して後、その環境での結果的な成果が生じる。
とにかくヒトのだれかの身体の中で増えやすいタイプという結果が現れる。そういうヒトの身体が”漉し役”をこなす。ヒトの性質の似た方を踏まえて、あるウイルスタイプについて多くの諸氏にそういうことが起こっている。
それが流行性のインフルエンザウイルスということだ。
たまたま増え方と同時に即死になるくらい強烈な症状を伴うようだと、そのタイプのインフルエンザウイルスを伝承できる関係者が限られがちになってしまう。ごく近くで看病していた家族とか、援助に入っていた濃厚接触を避けられない関係者諸氏とか。
だからそういうタイプに完成は蔓延するタイプになるときもあるけれど多くの場合、そうなりにくいと推測できる。
短期にどどっと増えてヒトの身体を”蝕む”(発熱とか)けれど、追々免疫が働き始めて(発熱が実は良いシグナルに当たる)、3日目頃から7日目ころにかけてなんとなく回復してしまう。
流行性という姿にはヒトは慣れている。


今回のコロナ騒動では、今後の役に立つ準備が成されているだろうか?
状況判断のための試行の機会だったとすれば、どうも利用し損(そこ)ねている感じだ。
初期の脅かされた時点では(武漢での騒ぎ方がまず異常だった。だからその時点での精密なドキュメンタリー番組こそが今は必用だ。そこまで騒ぐようなことは列島では起こっていない。船での騒ぎもだから精密に再検証を兼ねてドキュメンタリー番組にしてもらう必要を指摘できる。一本、NHKが発表しているし、初見では貴重と思えたけれど、今の時点ではもう少し詳細に、大ごとになった原因を探れるものでないとまずいと思えている(ちょっと長すぎた注はここまで))、一体何が同起きているのかへの答えを導き出せるような、なんでも疑問状態、だったと思えるけれど、ある程度過ぎて、どういう感染症状を生じやすいかの姿が見えだして、その時点で軌道修正は必須だったと素人は見ているので、敢えて率直なところを指摘してみた。
次に、もう少し、重い症状をどの年代にも負わせるタイプだったとして、それでも治る治り方をヒトはその時点で時々刻々のペースで学んでしまうものだ。
治るし、その過程をある程度把握できた時点で、症状や蔓延する心配を極小にするために、罹るための工夫を採用する。これらがヒトの凄いところだ。そうやって生き残ってきた。
喜田氏の指摘には反するけれど、ワクチンを頼れるはずがない。症状を緩和してヒトの免疫系の働きを保てる体力温存の状態に出来るタイプのいかにもな欧米医療発想の治療薬でもきっとその対処に使える。(更に良いのは日ごろの心身力を養っておけること。免疫系が諸条件のかく乱を被ってもなんとか対応してしまえる程度を保つ。頭寒足熱もその一つ。平均的には36℃台の半ば以上を保てているかどうか・・安保知見)
まとめる。
未知の事態へのヒトならではの推移に応じた状況判断の妙を発揮できているかどうか。
その特定のタイプのウイルス感染症について経験から短期であっても性質を観察できて自発的感染による(言い方、言葉使いは難しいけれど)”蔓延”を抑止する。ないし罹ってはまずい人々に近づくことを避けられない家族とか関係者が率先して、予め罹ってしまう策を相当に積極的に採用されていることが、症状の強さに応じて起こりやすいはずだ、とヒトならではの工夫として素人からは想起される。他の手段では間に合わないしあてにもできないから。
そして、そういう巷の工夫の進行形と並行して、専門分野からの答え方は症状緩和のための対症療法。救急処置の最善版を提供することと推測できる。
いかにもかぜとかその症状にそったななになに治療薬というよりは、生理の元のところに帰って、なにが心身に生じているかでそれに作用するのは・・と考えて、それなら・・で既知の中からも探し出せる。ここらはコロナ騒動でも生じている。
緊急時だから、試しに使うとかの試す機会も各地で相当量短期にこなされる。
で、専門的なデータとして提供内容がしっかりしていれば、目利き諸氏が必ず、いいものを探り当ててくれる。

戦争ではないのだけど、衣食住の基本を絶やさず、持続しておく工夫が不可欠だから、自ら罹る作戦も更に応用されて生産活動をしぶとく支え合って、支障なく、だけど、初めてウイルスタイプということでパンデミックは避けられず、なのに、今回のコロナ騒動のようなことには陥らずに済む。
と言いたいところだけど、少なくとも列島医療現場は、この軽いコロナのウイルスでパンクしているというのだから、列島在住の諸氏においては、それまでも医療を別世界と見做していたと思えるけれど、更に、面従腹背するしかない得体の知れない世界と見做(みな)してしまうのではないか。
症状の重い、新参ものウイルス感染症がはびこりはじめたら、医療には頼れないという風潮が即生じてしまうかもしれない。なにしろ、今でさえ対応しきれていないらしいのだから。即、パンクしているだろうと予測するのが普通の反応と思える。
それくらい列島医療現場へは、多分で、素人の杞憂で終わってほしいけれど、失望が高まってしまっているのではなかろうか。医療関係者の発言も含めて。
(ただし可能性は秘めているとも素人観測からは指摘しておきたい。どうも、医療現場に列島独特の事情が介在していたようだ。そこを改良しようという発信も一方では聞こえてくる。詳細は素人には不明なため、ここではどうこう指摘できない)

年寄り諸氏にとっても不安は、いまの(騒ぎ方も含め)対処の仕方のままだと、ずっと続きそうだ。来年の今頃に少しは落ちついていてもらいたい。
コロナは普通のかぜだからこれからもいくらでも”風邪ひき”は膨大量繰り返す。こんなの毎年の当たり前の現象だけど、騒ぎ方を間違えているから、それと年寄りへの工夫策が未だ定まっていないから、数の増減に振り回され続ける事態が来年か再来年とかずっと続くしかない。