連載は続く~ SF掌編『腐っても鯛、の場合』編


 とんでもない将来の時期の某月某日とことばにすれば、月とか日とかそれを他の記号で置き換えても同じはずだけど、特定の"暦"規範の下を受け入れた営みが想起される。
 そこらにこだわってもここでは時間の無駄となりかねないので、本題のその先へ。
 その某月某日に、決定が下った。
 そうなるいきさつをざっと説明しておきたい。
 そのことばを用いる理念のその先ということでは、だれもが無理を承知できていた。
 けれども宣伝する側は売り込みたいし売り込める権威を求めていたし、宣伝される側は、そのことばが含む理念の実際的無能性に歴史的重みから、経験的実践不能感から、バカ言うんじゃないよ、でその場はかわせると受け止めていた。
 客観的には、実際的に運用不可能な含みを示唆できそうなことばを発明してお互いのことにすべきだったと後日譚にはできる。
 しかし、その当時は、急いでいた。そこで、一旦それは広範に採用されることになり試行されて、ことばは乱れ飛べど物事は運ばずが何度も繰り返される時代趨勢を生じさせてしまった。
 そこで反省から、指揮命令系を一本化してみることにした。
 たまたまその初日がその某月某日だったのだった。
 指導者、リーダー氏は、早速指示した。
 臭いものには蓋(フタ)だ、と。
 が、反応の変な感じ、妙に歓迎を受け損ねた感じを即受け止めるくらいの常識は失っていなかった。
 臭いものにフタという決まり文句をこの世代の人物は忘れていたのだった。無責任なやつとリーダーとしての資格を損ないかねないようなことをことばにしていたことに、気づけた。
 そこで言い直す。
 サイエンスの粋(すい)を集めて腐っても芳香を漂わすように生物界への介入をこれから始めるぞ、と偉そうに言ってしまった。
 この時代、サイエンスの粋を集めればたちどころにその成果というのか結果は現れてしまう。
 が、その前に集ったサイエンスの粋たちは何を成したのかにふれておこう。
 サイエンス系とはいえ稼ぐのに多忙だったりする。古今東西を問わないとはよく言ったものだ。世界中から集った連中は面倒くさがってとは言ってないが、客観的にはそういうことで、手っ取り早く遺伝子をいじくって腐っても芳香を発する変化の方向性を植えつけた。
 途端に困ったのが微生物や小動物、昆虫の類だった。
 探し物はなんだったけぇ・・・となってしまったのだ。
 連中、匂いを嗅ぎ分けていたわけではないだろうが、成分的にも変質してしまったのだから腐った状態を食いたくなるほうで受け止めにくくなっていた。
 世間の様をその結果として描くことは、読者諸氏が想像の通りだ。空前絶後とはこのことを言う。
 腐って芳香を放つ残骸といっては失礼すぎることは承知で、その残骸が巷に溢れることになってしまった。
 サイエンスの粋諸氏へ即刻事態の深刻さが伝えられたことも言うまでもないことだった。
 粋諸氏のことだから、知識膨大、実践力計り知れずで、即座に解決策を打ち出した。
 芳香を放つ物質も食いたくなるように遺伝子をいじった。
 その結果も読者諸氏が想像するとおりの結果となっていた。
 腐らないようにとか腐ったらで、ヒトの習慣づいた形式は長らく継承されてきていた。
 それが突如、ヒト以外の所で無効の状態となってしまったのだ。
 やつらと乱暴な言い方になるが、この時はそれでは物足りないくらいの事態を招いた。
 なんでもやつらは食ってしまうようになっていた。
 賞味期限どころの話ではなくなった。買って持ち歩くその時から微生物が食い尽くそうと動き出している。だからほとんどが冷凍での販売に切り替えられ、冷凍好みのやつらにとってはおいしいものだらけの状態ともなった。
 だから当然この事態対処の指示が出る。
 一元化した指揮命令系では単調に悪循環を繰り返すだけと見なされ多くの意見、異見の類を検討できるようなしくみに切り替えられた。
 そこで出されたのがヒトが好むものを芳香好きに変えてしまったやつらが嫌いな嫌な匂いにする操作で行こう、となった。民意と各地の準粋諸氏の検討もそれを支えてくれたのだ。
 もちろん結果は読者諸氏が想像するとおりだ。
 急に好みを変えるわけにはいかない、それがヒトの性(サガ)というもの。
 ゲロっ、としつつ、仕方なく食事する風景が世界中に広まっていた。
 こりゃいかん、ぞぉ!
 合議参加資格をもつリーダー層だけではなく、世間の異論の持ち主は膨大に膨れ上がり、それらの意見がなぜか、このままではいけない、ということで焦点を絞り込み始めた。
 そして、とりあえず元に戻そうということになった。
 サイエンスの粋は集って、それならそうと初めからこんなことしなけりゃよかったのに、とちょっとばかりの臨時収入の機会すら高収入に慣れた身には物足りなさそうな感想がだれとはなしに漏(も)れていた。
 戻すには戻したけれど、後は生命たちの相互作用とか任せで落ち着くところに落ち着いてねで済むくらいの状態にして、放置された。
 巷の人々にとってはリーダーとか代表者とかご意見番とかいった人々が物知りだからと期待したいのに、なぜか勘違いなことも平気で果敢にこなしてくれるから、口には出しにくいけれど困ったことだなとくちごもりがちだ。なにしろ、自分たちのだれかがそれに対して決定的な代案を出せるかといえば、似たり寄ったりなのだから。
 とはいえ、そこはサイエンスの粋諸氏のアイデアだったからかどうか、犯罪予防や危険回避策に匂い爆弾が使えるという成果を生んでいた。
 世の中、オンナだってオトコだって強いやつばかりではない。
 いざという時に腰が抜けたりすればもう逃げようがない。
 そんな時に"匂い弾"を握りつぶすとか、握りつぶさせるとかするともう一日二日程度ではその匂いから逃れられなくなる。よって犯人は特定し易くなる。悪あがきして、(犯人にとっての)他人に匂いを擦(なす)り付けたりする不届き者まで現れて多少混乱はしそうだったけれど、匂いの測定法からどうそれが付いたかの検証が可能となって一件落着していた。
 どうにもならない状態でも即効猛烈下痢丸薬もついでに応用例として開発されていざとなればそれを自ら飲んで匂いと垂れ流しでだれも近づきたくなくなる状態にしたり、襲う相手に素早く噛み砕かせたりして相手が動きたくなくなるくらいの下痢状態に誘うといった使い方が可能になっていた。
 副作用の方は読者の皆さんがご想像の通りだ。
 世の中の雇用機会ということでは新たな業種とともにかなりの量を新規にもたらした、とだけふれておこうか。