連載は続く~ SF掌編『平安期をめぐるサミット番組視聴』編


 アナログ発想において精密なものさしを想起しながら数学(用具を応用)しているのか、デジタル発想において同様に精密なものさしを想起しつつの数学(用具を応用)処理をこなしているのかが、背後において不鮮明なままだと素人諸氏にとってはまったく近づきがたい事態が継続中ということだし、専門家、事情通諸氏にとっては、そのこんがらかり具合から事態の混乱の実態を捜査、追跡、探求可能かも、など空想したくさせる2024年(令和6年)ともことばに素人老人的にはしてみたくなるのだけど、邪馬台国サミット'21以来、久しぶりに歴史サミット番組を1/3、NHKBSにて見た。

 題して『平安時代サミット'24』。
 守本アナ、爆笑問題コンビが進行役をこなし、歴史分野の専門家諸氏としては、
 解説担当 本郷和人(鎌倉時代が専門の研究分野と自称)
  (話題提供順)
  倉本一宏"権力をミウチで独占して平安だった"説
  繁田信一"「見えない暴力」に戦々恐々"説
  十川陽一"平安時代は親ガチャ社会だった"説
  木村朗子"愛憎うずまく恋愛ドラマが平安をもたらした"説
  篠崎敦史"平安時代は意外とインターナショナルだった"説
  笹生衛"地形変動で平安が終わった"説

 申氏仮説を援用中の素人老人観点からは大いに参考にさせてもらったと同時に、事実の落ち着かせ方においては、多分、かみ合うようでそうはいきそうにないという辺りを意識しながら史実指摘を参考にさせてもらっていた。
 この録画と本日の番組編成から沖縄の首里城が話題として出てくるNHKBSの紀行番組も連続して見ていたので、プラスの空想にも大いに役立ってしまって、列島古代史をめぐる話題のつもりが空想小説っぽい内容にさせかねない雰囲気になってしまっている。
 平安期、大宰府、鴻臚館は中国からの海商の勢いの乗って大いに栄えていた(篠崎氏の言及(当時の外交についての著書あり))。
 ぐっと遡(さかのぼ)って邪馬台国の頃、倭の領域において、逞(たくま)しい海商たちが活躍しまくるような事態を想定しにくい、とするならば、財力形成という点において、二次的にしろ倭国がたっぷり過ぎる蓄財を成したとも考えにくい。
 端折って・・、だから倭勢力はそれほど財力を持った勢力ではないし、人口の規模においてもそこそこの集団の営みだったと(素人老人的には)考えたくなる。ただし、対中国権威筋との付き合いの濃厚さや権威付けの経路からして、周辺の有力な勢力からすれば、一目おく勢力ともみなせそうだ。
 そこへ卑弥呼の時代以後に、はじめは徐々に、5世紀に入り頃になるとかなりの規模で列島に移住してきたはず仮説を持ち込めば、鉄取引をこなす、しかも加耶系諸国と見なされるような自律的各集団の営みとしての移住の形をしっかり押さえられるならば、それぞれの得手不得手の差なりを含みつつの活発な遠隔地取引との関係なども含ませて、余程の財力をも想定しておかないとまずい勢力‟たち‟と一応おさえておける。
 つまり、九州説の多くが大げさな歴史を描きがちな超ベテラン歴史研究家諸氏の発想までも知らず知らず引き受けてしまって、九州の王朝もまた絢爛で豪華だったっぽい想像を膨らませたうえで、きっちり個々の史実を追ってしまったような仮説にしがちにしてそうだ。
 実は、加耶系がこなかったら源氏物語は生まれなかった、と極端なことを素人が指摘してみせることで、なんとなくそこらを感じ取ってもらえそうに思える。
 琉球には、王を取り巻く官に相応しい技量を持ち継承もさせている人脈がしっかりついていた。官系の人々は通訳も立派にこなしていたようだ。
 だからここらも強引に、突然のように勢力拡大的にやってきた加耶系の勢いに、倭国も各勢力の集合体でしかなかったのだから、そのうちの有力ないくつかは温かい南へ(すでに縄文海進以後の記憶しか持たない勢力だし、絶滅的火山噴火の記憶も持たない人々だった可能性大だから)と移住を決めた勢力がいたとしてもおかしくない。その人々が1400年代になってより明確な形をとれるような条件を得始めたと考えられないか。
 今時、日本海側の過疎が大問題になっている。それへの代案はとっくの昔に出ていて、日本海域の貿易なりを復活させるだけで十分だ、の説は、シンプルに説得的であることに気づける。
 ここらは現超大国のUS主流に指摘できそうだ。世界大での交易の自在さを平和環境において実際的営めるようにするには、各地がそれぞれのミクロな土地柄構成での交易の自在をこなせてこそ、生活の豊かさを保ちつつで実際的に可能にもする、といった辺り。
 現状は、USを立派に見せるようにするために各地の超有力な部分がわざと敵対とか不自由を発散しているかのように振る舞いがちにする。そこらのUS事情を考え直して、各地が豊かになっても権威くらいは保てるし、けれども出せるものが貧弱になるようならば、現やり方でのUS超大国手法では終了間近と見なした方が無難で、同じやり方をするかどうかも重要な選択肢に入るし、けれども、各有力な土地柄が認め合う権威の集中する土地柄が一応バランスをとる役柄を請け負う手法の延長しかイメージにない場合は、大変だけれど、それをどこかが請け負う必要が出てくる。
 ただ、そこらがどうだろうと、各地の元気度を保ちあえるような工夫を外すと、即、過疎とかで土地そのものの面倒を持続的に見るだれかたちを欠くような事態に簡単に陥ってしまうことが今や鮮明となっている。工夫しどころだ。
 九州の権威筋の中でも本流は近畿圏にある時期移動してしまった。そして伊都国人脈とも多分協働しつつの過程で、加耶系集合としての超巨大勢力との間で、合意形成を測りやすい勢力をお互いが認識できるようになった時期を迎えているはずだ。
 すると超巨大な規模だとしても、ぞれぞれ性をかこった集合体らしいことに九州系脈は気づける。そういった時期を経つつ660年以後を迎えることになる。
 大乗発想ノリをどこまで中央・分権とかの概念の古代版で押さえていたかはまったく素人老人からはわかりにくいけれど、手っ取り早くまとめ合える誰かたち程度の範囲ではそこらの試行錯誤を始めてみていそうだ。しかし、660年の衝撃以前は、そこらへの具体的イメージは建築象徴止まりだった可能性を素人老人は見たくなる。
 平安時代の糖尿病は現代列島での働きすぎ=生活習慣病の類であるよりは、(酒色食)食らいすぎから、と想起しやすいけれど、現象としては、太りに太って、自分は活発だとか思い込めていたのも束(つか)の間、激痩(や)せが始まって、心身的に滅(め)入る方へと誘われがちにして、衰えに衰えて、苦痛のやや長い晩年に耐えることになる。その上にストレス過多にしがちな関係性を持った立場であれば、余程の責任感を自覚できる発見的立場を意識出来ただれかたちだろうな、くらいの想像もつきやすい。
 850年ころから1000年ころの列島の気象上の変異を押さえた平安期におけるそれが地形すら変えてしまう辺りを考古知見として提供しつつある辺りを指摘していた笹生氏の論には律令制の整い方への急変(六国史系のまとめかたを止めたとか、担い手がいてもそれどころではなくなったかもの要素)をもたらした時期についての具体的な視点の可能性なりを感じ取っているところ。
 既に勘違いした発想起点から大日本史を構想した光圀氏。だからトンでも明治維新へと突き進ませる下地を提供してしまった。
 (江戸期に精錬されたため中国古代医療知見にもとづく和方ともされる)漢方系もまったくとまどって明治維新を体験している(その後のこんがらかりにこんがらかった左中右論は今だったら多少は交通整理可能か)。

 実際的な論としては、各土地柄が活発に営めるようならば、それぞれにといてで、手間も省(はぶ)ける状態で、地球表面大でのまとまり感をなんとなく共有しながら、いくらかでも安全でいくらか円滑に交易の類を、ごく限られた遠隔地交易系に依存し過ぎずのリアルにおいてやりくりできて、各土地柄が活発というくらいに各土地柄での自給的産物がある程度持続的な可能性での営みにできていて、そこで発想が自足してしまうことない地表面規模発想も世代継承され続けているような状態を想定出来て、一応の、時々の認め合った権威筋の土地柄が、(局地的にしろ深刻レベルの災害とか)万が一に備えた準備をして、合意形成に要する時間を省略できる工夫も持ち込んでいて、その後、費用に関しては合意形成のための時間も使える中で、譲り合いとかも可能にしている。

 放送大学の講義では、ナショナリズム民族自決の類は、近代化の中での発明概念だ、といった辺りを紹介してくれていた。
 民族自決権は自然的な権利というよりは、近代の人々が、ひねり出して見せた知恵かなんかだ。
 その発明が、無理やり民族の囲いを探索させ、無理やりまとめて、他をあぶりださせて、とかくのもめごとへと誘う。逆だろ!と巷のだれかたちなら当然口にしたくさせると思えるが、知見を駆使して、ディベート手法ほど貶めた手法にはしていないだろうが、議論のさらして、白黒付けるくらいはこなしてしまうから、現地表面各地で無理やり紛争の種をバラまきがちにしている。言語、生活習慣、宗教それぞれを別にするからとかなんとか。
 いつでも世界は一つだけど、構成はばらばらできた。
 そしていつも各ばらばらにおいて元気でいられたわけではない。
 けれども、元気な各ばらばらが安全に秩序だって交易できている状態は想像だけであっても、それなりの利便と豊かさをもたらしそうだ。
 そこらをごく限られた遠隔地交易に長けただれかたちに任せきる必要は全くないことも、今なら常識にできている。

 希少地下資源のことを想起できただけでも、交易や、物の取引が安全に、秩序だって、だからたとえとしての三方良しの線で実践されつづけられるならば、巷にとっても、大所高所からの政治的秩序を保ちたい諸氏においても、オッケーの類と察する。
 そこに希少性をめぐっての相場師系の思惑が絡むと、為にする値のつりあげほか現象を含ませるようにしてしまいがちだ。
 ヒトのことを熟知して、しかも事情通のだれかたちがその‟市場‟を担うことは欠かせそうにない。けれども、その中に相場師発想がたとえ一人二人でも入り込むだけで、巷の利害とは異なる打ち出の小づち系の儲け話の世界が肥大化してしまいがちにする。

 ヒトがサミット参加諸氏がことばにしてたのと似て、平安も今もヒトの為すこととして現在を生きていることを想像できるならば、その変わることのないヒト性・生が、継承し続けているようで、時々立ち止まって観念系を整理しておかないと、過去の失敗を繰り返しているだけのような事態、一時期を招きかねない辺りには気づいて置けることも、それなりに役立ちそうだ。

 12世紀ルネサンスを指摘できた研究者人脈においては、かつての研究事蹟に感動できただれかたちが、今でこそ問題の塊だと指摘されている産業革命へとつらなる営為の要素の提供元であった研鑽の名残をただの名残にしないですむように継承と解釈作業までこなして、次代へとつないだだれかたちのことを記録してくれている。そのだれかたちの主脈は今は乱暴者たちが信じこみやすい宗教の一派のように紹介されやすいけれど、アラブ系のイスラーム信者諸氏が関り、更には北の方からやってきたバイキング脈すらも関わっている。感動して、それを自らの観念系にもめぐらしつつ、多くの人々を動かして、継承の脈に関わらせている。その賜物(たまもの)として産業革命以後の冬の暖房、夏の冷房の快適生活を味わえているし、ちょっとした調理を電子レンジで温めて程度のことも使いこなせるようにしている。
 電線の張り巡らし、通信網の広がり、そんな感じの技術とかそのための生産活動の自動化を含めたシステムもその恩恵由来と押さえて置ける。
 しかも、その先についてはどんづまりの辺りも意識しながらの歴史的改良が可能かとか軌道修正をできるのか、といった時期と直面中だったりする。
 ざっと素人老人が少ない読書から知ったことをあげつらうだけでも、イスラームな膨大な諸氏、数は少ないけれどバイキングな諸氏が関わってこその産業革命以後の安楽な生活が成り立っていることを振り返れることも大事そうな時期だ。
 一方で、ごく最近に近い時期から応用段階の産業革命以後の産物を使いこなせる機会を得た別の土地柄では、過去を捨ててしまう度合いに応じて、応用の範囲の容積に差を含ませてそうだ。
 長年月に耐えた伝統的なにがしは、それなりに、安全な食内容とそっくりに、使いすぎとかに注意することで、これからも安全に使い続けられる根拠を提供する(し、途中での変化が汚染ほかの要素と絡んで、別の性質をおぼさせたりは観測が可能にしてくれる)。
 かつてなら極端に富んだ有力層に向けて作ったなにかのための技能だったりが当たり前かもしれない人々の技量・技能がその含ませる(ヒト理解、器用さ、デザインとかで)繊細さ・大胆さを同様に使いこなして、地表面各地の巷での日々に使い続けるなにかのために使い続けられる、ということが、より相応しい。

 既知の知見をより整合的に沢山覚えて対処する、ということでは、クイズ番組のワトソンくんにはおよびそうにない。
 限られた容量を想定できるヒトの記憶域を使いこなすうえでは、ある程度の基礎知識をしっかり用意しつつも、今時の自然科学系のように観測(ここでもどれを差異的に要素として識別してしまうかの問題をはらませるのだけど)して、整理して、検証や、発見やととりあえずの結論に導いて、実は気持ちを躍らせているような作業に向いてそうだ。

 (列島での1200年頃までを含む大雑把すぎるけれど)古代史においても、考古研究が活発なようで、歴史研究の専門家、事情通諸氏がワクワクな感じで研究できてそうな辺りを番組を見ていて、感じてしまったのが素人老人。

 

   川柳もどき

    震央の緯度経度数値から
    たとえば gplot を使って
    能登半島でのその動きを時間経過とともにアニメに
    して、
    観察しても、なにか、に、気づけないのだろうか

     基盤の上に不安定な第三紀層がのっている能登半島
     ということも既知のようで
    基盤の構成を示す地図は地質関連で今では簡単に参照できる
    一方で、その上の土にミミズが逞しく生活中、とかはともかく
    その上にのっているなにがし、ということはわかりにくいし
    力が加わっている度合いの散らかりとかが図示できたりしていて
    そこらから過去、現状、ちょっと先くらいまでを事態として説明できる
    なら、
     少しくらいは気持ちを落ち着かせやすくしそうだ